沖縄の方言に”テーゲでいいさ”という言い方があります。つまり大体でいい
さ、そんなに深刻に考えなくていいさ、という、おおらかな文化があります。
復帰まえから電化製品の卸屋に手伝いにいって「テーゲの文化」に苛立っ
て本土並みにと、しゃかりきに突き進んだころが懐かしくもあり、恥ずかしく
もあった時代を思い起こしながら、昨日あるテレビで福島の小学校の運動
会のようすを眺めていました。放射能問題で運動会を中止する学校、体育
館で実施する学校、青空の下で走り回ることを実現した学校など様々でし
た。どこかの学校では”文科省の指針がほしい”といいたそうでした。すべて
自主的にどうするか決定しなければならない局面に立たされた関係者はモ
ンスターペアレンツなどの顔色をみながら結論を先送りにする学校もありま
した。そうして前述したように各学校が結論を出して、それぞれに対処して
いました。私がいいたいのは、運動会ひとつをとっても、このように結論が
まちまちになって遅れ、先送りなっている、今の日本は深刻な不全状態に
あると憂慮しています。ある雑誌をななめ読みをしていましたら、中性の星
美輪明弘さんが”長崎で生まれ、10歳のときに被爆しました。いま福島で
除染が大変な問題になってるでしょ。でも、あたし、すごく不思議なんです。
だって長崎でも広島でも除染なんかしなかったんですよ。土を掘り起こして
どこかへ捨てるなんて考えもしなかった。100年は草木も生えないって、
言われたのに。でも、アッという間に生えた。長崎でも広島でも爆心地近く
にバラックがぼんぼん建った。黒い雨も降ったけど、近郊付近からお野菜
やらなにやら売りに来る人たちがいて市も普通に立っていました。そうして
普通に食べていました”。もうすこし彼女?の話は続きましたが、原爆の後
遺症に悩まされながら回復力が強かったから治った。で、彼女もお母さん
方が心配する気持はわかる。でも私のように生き残った人間もいるっていう
ことも知って置いてほしいという文面の手記でありました。言いたい放題やり
たい放題のわが国に、いくつもの難題をいたずら好きな神さまが突きつけて
いる時代ですが、こんな時代だからこそテーゲの心をもって、過度の心配性
を和らげる。しかし、こと命に関することは学者、科学者が一体となって我々
にわかりやすく、安心できる指針を明らかにする必要があります。それを言
いたい放題にさせず、結束させるのが野田新政権の大きな仕事始めじゃ
ないでしょうか。情報が少なかった時代は、おおらかでした。そう、ひとの気持
ちがおおらかでした。しかし現代では「絆」とか「元気、勇気」などの言葉が氾
濫する割りに一部のひとを除いて、実際は冷たく、軽くなり言葉だけが罷り通
っているんじゃないでしょうか。私がガキのころは照れ臭くて、現代人が平気
で口にする麗しい言葉は、今更という気持ちもあって中々、口にできませんで
した。でも、なにかあったら言葉ではなく、みんなでチエを出しあって行動する
ことで対処していました。
  ウチナーの「テーゲ文化」を見直すときではないでしょうか ぐっさんハイ