私はすばらしい親子に囲まれています。今日、ご紹介したい方は昔、マレ
ーシアで出稼ぎ中にお見えになった方のひとりなんです。稼業は水道工事
を一代で築きあげた生粋に職人で、引退後は町内の役員職を引き受けた
りしながら、忙しい合間に趣味の油絵を描き、スケッチブックを片手にバス
に乗ってアチコチ、景色のいいところでスケッチをとっては家で油絵にして、
ほしいひとに分けてあげることを道楽にされている方なんです。その腕前は
出前では残念ながらお伝えできませんが個展をひらくなど中々の腕前なん
です。ひさしぶりに、その店を訪ねましたら奥さんと楽しそうに雑談中でした。
あいさつをしましたら、いつものように”お前だれや”と、いわれます。相変
わらずだな、と思っていましたら奥さんが”ほらぐっさんたい、マレーシアで
お世話になったろうが”とあわてて、フォローされます。私はあれっと思って
いましたら奥さんが”すみませんねえ、最近ボケがひどくなって段々わから
んごとなりよっとです”といわれます。でも外見は血色もよく、健康そうで、ま
ったくおかわりないようにお見受けしますし、元々、ジョークのすきな方です
ので、にわかには信じられません。しかし話をしていくうちに、なんとなく違
和感を感じてきました。画家として売れっ子でもありましたが、未完成の絵
が店の一番いい場所にデンと置いてありました。それを察した奥さんが”以
前はよく絵ば描きに行きよったとですが最近な、こげな風ですけん危のうて
出ていかれんとです”と補足されました。そうして”息子はそのうち、また絵
ば描くごとなったらというて、そのままにしとっとです”とお父さんのカンバッ
クを願うように店の特等席に飾ってありました。私はその一番いい席の未
完成の絵の2点を拝見しながらお父さんを誇りに思い気持ちにも触れて、
なんと親思いの素敵な息子さんだと羨ましくなりました。奥さんもニコニコし
ながら寄り添うお姿に家族の暖かさや絆という物体にふれた思いでした。
それに人間、年を重ねると、こどもに戻るという話を聞いたことがあります
が苦しかったこと嫌な思いも薄れて一番いい人生の送り方ではないのか、
と思いながら、その方がとっても羨ましく温かい気持ちをポケットにしまい
ながら失礼いましました。
似たもの同士、仲間うちでの原発談義をしていました。”そういえばシート
ベルトが原発にはいかんそうじゃな”とカタカナに弱いAさん。それを聞い
ていた知ったかぶりのBさんが”若いひとに笑われるで。ありゃ、シューベ
ルトじゃないか”。”ああシーボルトかい。それじゃ、モーツアルトもそうかい
”。(それは”シーベルト”や、と偉いセンセがいいました。どうかこんな紛ら
わしい会話が早くなくなりますように) ぐっさんハイ