私は団地族なんです。ウチの長屋のまえに同じ建てやに葬儀屋が2軒も競
うようにOPしました。毎年、お盆のころになりますと、猫のひたいのような狭
いところでこどもたちの歌や盆踊り、それにビールの早飲み競争や外部か
ら演芸団のイベントなどがあって、最後は全員でビンゴをやってお開きとな
ります。スケジュールは毎年、同じようですが、以前のように高齢の方を前
列に、お招きしてお楽しみいただくという趣向がなくなりました。その理由は
該当者が多くなったからだそうです。それから洗濯物が、たなびく集会所で
行われていたアルゼンチンタンゴや中南米のミニコンサートも姿を消しまし
た。事務所に”どうしてなくなったのですか”と聞きましたら”年寄りが多くな
って来るひとが少なくなった”というのです。以前は溢れるほどいたガキも少
なくなって”こんなのダサイ”といって来ないというのです。町内のイベントも
同じような理由で姿を消しつつあります。その昔、年をとったら、カミサンとも
どもケアハウスにお世話になろうと、二泊三日で体験入居をしたことがあり
ますが、今から10年まえだったと思いますが、招待されて伺ったケアハウス
のディナーにはまるでお見合いみたいに派手なファッションで身を包み厚化
粧をほどこした淑女が、ナイフやフォークを使っておしゃべりをしながら、談
笑する姿はまるでテレビドラマみたいな光景でした。今日はゴルフ昨日はシ
ョッピング、明日は旅行という、現実離れしたライフスタイルにびっくりして逃
げ帰ったことがありますが、そのケアハウスから、お宅のような賑やかな方に
ぜひ入居してほしいとお世辞をいわれて、またお邪魔したことがあります。
しかし、そこでみた光景は、まさに老人ホームそのものでゴージャスな談話
室は介護室になり食事もひとりでは満足にとることができないひとで一杯で
した。私と一緒にゴルフでもといっていただいた方は私の顔をみても無反応
で、本人は車椅子に乗ってあり、まるで別人のような変わりように、もの凄い
スピードで老化していることをイヤというほど思い知らされました。ケアハウ
スのひとの話では、元気で晴れやかな方々は蝶のように、花から花へと飛
び回ってエンジョイライフしてあって、残ったひとはこのように老齢化して施
設としても頭を痛めているとぼやいてあり、是非、あなたのような方にはい
っていただいて、私どもと活性化にご協力いただきたいと口説かれました。
別に自慢話をしたくて出張ったわけではありませんが、えらいセンセや数学
的な裏付けだけでなく我々の周囲では予想以上の速度で老齢化がすすん
でいるという話でありました。そういえば、ある病院で身なりはバリッとした
紳士でしたが、点々とウンOを垂れ流しながら歩いてありました。看護士が
慌てて制止して別室に抱きかかえるようにして連れて行き、清掃の係りが、
その後始末に大童という光景も目にしてしまい、いつか私もボケ老人にな
って迷惑をかけるようになるかもわからないという身につまされた話という
か社会現象のひとコマでありました。年はとりたくないものだ、しかし誰でも
平等にとるんですなあ。
 ひとはひと、人格がある、、しかしひとは年齢とともに老いるものなり
 ときとして耐用年数を超えてマシーン化することがある ぐっさんハイ