山形新幹線米沢駅の次の停車駅が赤湯。そこから終着駅の荒砥までの
17駅。30.5キロメートルを走るのが山形鉄道、通称フラワー長井線です
廃線が予定されていたJR長井線を、地元が第三セクターとして引き受け、
1988年に開業しました。しかし、利用客は減り続け、最盛期の半数、年間
76万人まで落ち込み、毎年の赤字も1億円近くになりました。2008年、
山形鉄道は、抜本的な経営の立て直しを計って社長を公募、全国から89人
の応募がありました。そのなかで社長に選ばれたのが、当時41歳の野村
浩志さんでした。 09年4月、山形鉄道の社長に就任した野村さんは、埼玉
県越谷市生まれ。根っからの鉄道おたくが高じて旅行会社に就職。山形営
業所勤務時には営業利益を倍増させ、所長に昇進するとともに、山形鉄道
に数々の集客プランを提案して、七夕鉄道、サンタ列車を走らせるなど観光
客誘致に手腕をふるい、年間の団体客500人足らずを一挙に1万7千人に
押し上げました。あるHPをパクってしまいましたが、実はこの方も「深夜便」
ですばらしい人生をお聞かせいただいた方なんです。安定した旅行会社を
やめて、いつお釈迦になるかわからない、先の見えないオンボロ鉄道会社
の社長さんとして、大きく舵をきった、この方は転職について奥さんや家族
に言い出せなくて郵送の手紙を送ったそうですよ。案の定、家族に無視され
た野村さんは、孤立無援の状態でオンボロ会社の経営に奔走したんだそう
です。そんな気が弱く、やさしい野村さんも、ご多分にもれずいじめられっ子
で、駄目サラリーマンだったといいます。そういえばフラワー長井線というよ
りウサギ駅長としてテレビでも紹介されたことのある鉄道だったんですねえ。
毎日2時間バスタブにつかって「朝風呂読書」をすることにこだわっている
御仁です。愛すべきポッポ屋さんはこうも言っています。”他人からみれば
大変な苦労をしているように見えるかもしれません。でも、私の大好きな「鉄
道」を売り込めるのですから、こんな楽しいことはありません。「鉄道」は人
を運んでいると同時に「情報」も運んでいます。いわば「情報産業」でもある
わけです。そして地域や農業・工業・商業をつなぎ、情報を発信し、新しいビ
ジネスをつくる事さえできると思っています”。 さらに”宝くじで100万円当た
ったら嬉しいですよね。でも、隣の人が1億円あたっていたら、すごく悔しい
ですよね。今度はあなたが1億円当たりました。すると、知り合いは2億円
ゲット・・・。このように人間の欲にはきりがありません。他人と比較するのは
もうやめましょう。そして、あなたしかできない、あなたらしい最初の一歩を
踏み出してください。どんなにダメ人間でも、つらい過去があったとしても大
丈夫。人生は「オセロゲーム」です。過去の辛い人生を「黒」とすると、ある
ひとコマで一気に「白」=幸せな人生に変わる瞬間もあるのです。そして、
そのチャンスは「4回」。チャンスの「角」をしっかり押さえましょう。またHP
の助けを借りてしまいましたが愛妻弁当を携えて、娘さんの”お父さん、し
っかり!”という声援を背中に。勇躍、新しい職場に向かう野村社長の姿が
ありましたとさ。
   
     玄関で送ってくれるのは尾っぽをふる愛犬だけかな ぐっさんハイ