今日も「深夜便」に出演なさった方のお話です。”気をつけーっ!”と直立
不動でお迎えしたくなるような御仁が”戦後の日本人が停滞の閉塞に怯
えるようになった”と吼えました。その理由として戦後教育の基本をなくした
つまり知識の詰め込みばかりで「しつけ」を怠った。然るに師と仰ぐ、ひとを
尊敬したり、その教えに耳を傾けることや、辛いことも努力し続けること。
正直であること、をなくしたと嘆いてありました。それを補うためには、まず
日本語の「読み書き話す」という3つの基本的能力を開発すること。第二の
原因は日教組的教育が「人権とは要求することである」という誤った定義を
植えつけたことである。第三の原因は勇気の欠如。戦争中に戦いに寄与し
た悪だと誰かが教えたのでしょうか、戦後教育では、”自分はこう思う”、
”これが自分のなすべき道だ”という哲学を一切失った、世にも情けない
烏合の衆をつくりだした。という厳しくも当たり前の、お言葉に思わず頭を
たれてしまいたくなるような、お方とは曽野綾子先生のことなんです。男の
急所を、わし掴みにするようなお言葉には、ひれ伏したくなるほど説得力が
ございます。さて、私の癖ですが先生の旦那さんの顔をみたくなりました。
その方が、例の「深夜便」に出演してありました。旦那さんのお名前は、
三浦 朱門さん。民間人として今日出海和尚についで二人目の文化庁長官
に就任されたこともある作家なんです。長官のときに”女性を強姦するのは、
紳士として恥ずべきことだが、女性を強姦する体力がないのは、男として
恥ずべきことである”との発言が物議を醸したことがある御仁で、ご丁寧に
も”強姦出来るくらいでなければ日本男児たる資格無し”と述べたことがある
んだそうです。猛妻のコメントは怖くて聞いたことはありませんが、そうえいば
同じことを地元で口にした政治屋のセンセが農水大臣のポストを棒にふった
曰くつきの文言でもあります。地元って、身も心も軽くなるのか放言してしま
うようですねえ。さて三浦先生の話をお届けしましょう。Q:先生は大震災の
当日は歩いてご自宅にお帰りになったそうですね。A:ええ、その日は作家
仲間の会合があって3時ごろ散会になったものですから、そのまま電車で帰ろ
うと駅にいったんです。ところが、フラットホームまで出たんですが、”地震の
あと点検のため、しばらく電車はまいりません”とアナウンスしたのです。構内
はひとで一杯になりました。私はすぐ家内に電話して無事であることを伝えま
した。それから娘にも安否を確認しようとしましたが、それっきり、つながらなく
なりました。構内は、みるみるひとで埋まってしまい、このままでは、動けなく
なくなると思って外に出ました。見渡すかぎりひとで一杯でした。タクシーもバス
もマイカーらしき車も全く、動いていませんでした。仕方がありませんから家に
向かって歩きはじめました。田園調布ですから歩いて帰れるとは思いません
でしたが、とにかく家の近くまで行き着きたかったのです。私は歩くのは慣れ
ていましたから苦痛ではありませんでした。無言の行に加わって巨大な群れ
になりましたよ。途中で疲れて座り込んでしまうひともありました。途中でトイレ
を借りたり、自転車を貸しているひとがあったり、そんな光景を見聞きしていま
したら、目の前に自宅がありました。先に帰っていた妻がホッとしたような顔を
していました。
「普段」のありがたさ 文明の利器がなんの役にも
立たなくなった大災害でした ぐっさんハイ