その274
☆大阪での試写会の一週間後、東京での試写会に招かれた。一般の人も招待しており、6時半の開演を1時から待っている人たちもあったとか。一千人は入ると思われる会場は満席で、入りきれない人も相当あったよし。俳優たちの舞台挨拶も兼ねていたからだろう。
☆私は恩師のH先生に来てもらいたかった。「孤高のメス」の続編は読めたが映画はまず見れないだろう、そこまでの命は期待できないから、と言っておられたが、抗がん剤が予想以上に効いて、無事新年を自宅で迎え、なんと、4月に名古屋で行われた外科学会にも出られたというから驚きである。この分なら6月の公開には間に合いそうだが、その前に試写会があればそちらに来ていただこうとおもっていたからご都合を尋ねた。抗がん剤の治療の間だけ入院し、後は自宅で過ごしておられるとうかがっていた。
先生は病院におられた。「イヤー、第11胸椎の圧迫骨折を起こしちゃってさー。コルセットをかまされて安静を強いられてるんだよ」と、元気な声が返ってきた。一瞬、骨への転移を起こしたのでは?と案じたが、そうではない、骨そそう症によるものだという。安堵した。「そういうことなら車椅子ででも行きたいが、ドクターストップがかかりそうだな」と残念がられた。
ちなみに、映画のラストに、20年前のH先生の写真が出てくる。
☆ところが、舞台挨拶が終わると、私は東京會舘に移動させられて、取材に終われる羽目になった。一件50分ずつ、二件。終わったころには映画も終わっていた。そして翌朝もまた50分ずつ2件の取材を、こちらは宿泊先のホテルの別室で受けた。
最近は枕が変わると眠れなくなり、前夜もうたた転々として眠れず、完全に睡眠不足。尋ねられる内容は大体同じだから、同じような受け答えになる。いい加減辟易、疲れ果てた。もっとも幻冬舎の編集者Kさんも前夜からずっとお付き合いくださったから、疲れた顔は見せられない。別れ際、新刊を手渡して礼を述べた。一瞥、Kさんの顔に苦笑が浮かんだ。タイトルが「両刃のメス」で、編集者が彼女のかつての上司だからである。彼女いわく、「これ、まるで『孤高のメス』の続々編みたいじゃないですか!」
☆この小著は実は前に集英社から二度出されたもののリメーク版である。以前のタイトルは、「鬼手仏心」と「外科医のセレナーデ」。お読みくださった方もおられるだろう。痛恨の失敗談も披瀝しており、私としてはいささか辛い思いをした。それにしてもよくぞあれだけの修羅場を乗り越えて30年メスを執ってこれたものと、感慨も新たにさせられた。御笑読賜れば幸いである。
その273
☆「1Q84」BOOK3発売の馬鹿騒ぎに煮えくり返る思いで2日ばかりをすごしたあと、大阪の東映支社で開かれた「孤高のメス」の試写会に赴いた。正直なところ足が重かった。まず失望するだろう、どんな顔をして監督やプロジューサーと相対したものやらと気をもむばかりであった。昨年のロケにエキストラで出演してくれた友人知人、当院のスタッフ等総勢26名が集うことになったが、上映後に予定されている感想会で、私が浮かぬ顔をしていれば気兼ねして思ったことも言えないのではないかと案じてもいた。さぞや白けた感想会になるだろう、と。
☆だが、それらの多くは杞憂に終わった。こんなはずはない、こんなはずは、と思いながら、いつしか胸に熱いものがこみ上げてきていた。かつてメスを執っていた熱い日々が思い出され、我知らず血が騒いだ。ああ、こんな時代があった、ひたすらら術野を見つめ、黙々と手を動かし、欲しい器具を黙っていても阿吽の呼吸で手渡してくれるナースを、女房よりもいとおしく思った日々・・・。
☆「クライマーズ・ハイ」でアカデミー男優賞を取った堤真一だが、あの演技はややオーバーに思えた。アンナ調子で気負い気味に当麻鉄彦を演じられたらさぞや白けるだろうな、と危惧するものがあった。ところが、それも杞憂のひとつに終わった。実に抑制の効いた演技で、ヒューマンな外科医を淡々と演じてくれた。不覚にも、彼のさりげない表情や台詞に胸が詰まった。
☆ヒロインを演じた夏川結衣さんは目で演技が出来る女優さんと思っていたが、その期待は裏切られなかった。彼女が涙を流すとき、私ももらい泣きした。泣いていたのは私ばかりではない。市議会の議長役を勤めたTさんははじめから終わりまで涙が止まらなかったと後で漏らされた。「それは、原作に一環として貫かれているヒューマニズムガこの映画でも終始貫かれていたからだ」というような感想を述べてくださった。作者冥利に尽きることこの上ない。
☆一番憂鬱で我慢ならず、、それに固執するプロジューサーや監督とかんかんがくがくやりあい、お互いに譲らず、決裂寸前にまでいたった都はるみをめぐる問題があったが、椅子を蹴って会場を飛び出すほどではなかった。「1Q84」の読後ほど不快でもなかった。都はるみを嫌う若いナースの台詞が私の気持ちを代弁してくれたこともある。最後に流された「好きになった人」には、不思議に不快感を覚えなかった。この歌が、これまた泣けるラストシーンの伏線になっていると知れたからである。
☆畏友Wドクターと帰路をたどる私の足は、思いのほか軽かった。
4月26日には東京で舞台挨拶と上映会が開かれる。すばらしい演技を見せてくれた俳優さんたちに、お礼を述べに行きたいと思う。





