パニシング・ポイント
パニシング・ポイントという映画がありました。
スピード違反をした主人公がパトカーと延々とカーチェイスを続けるというだけの内容だたった思います。
初めて見たときには、何の教訓もなく感動もなく訳が解らずに終わりましたが何年かしてからふと気づく事がありました。
この映画のラストは主人公が巨大なブルトーザーで封鎖された道を目の前にして、静かな微笑みを浮かべながらそのバリケードに向かって猛スピードで真直ぐに突込んでいき一瞬の閃光と共に終わるというもでした。
自分の為でもなく、ましてや人の為、世の中の為でもなく、ただ一瞬の輝きのために何かをしでかす。人は誰しも皆そうして生きているのではないでしょうか。一瞬の輝きパニシング・ポイントその周期が短いか長いかは人それぞれだと思いますが、次のパニシング・ポイントを期待して人は退屈な日常に耐えているのだと思います。
変愛鳥
変愛鳥という鳥をご存知でしょうか。
昔、むかし、私が中学生の頃だった思います。
国語の授業で習いました。習ったと思います。室生犀星の詩の中に出てきます。
教科書では詩そのものの鑑賞ではなく、変愛鳥という「ことば」に対する校正者の対応が主題になっていたと記憶しています。
誰が聞いても「変愛鳥」と言うのはおか しい。
「恋愛鳥」ではないかと思う人が多い筈です。普通ならばそのまま恋愛鳥に直すところを、その校正者は直さず作者に問い合わせ「変愛鳥」のまま出版されたという話だったと記憶しています。
わたしも、「恋愛鳥」では詩の雰囲気が損なわれてしまうと思っています。
波打ちぎわに、打ち寄せられたのは
変愛鳥のミイラであった
という部分しか覚えていないのですが、これは「変愛鳥」だから詩になるので「恋愛鳥」ではただのグチになってしまうではないですか。
ですが、先日何十年ぶりかでこのことを思い出して今出版されているものを探したとき「恋愛鳥」に書き換えられていたものをみて非常にがっかりしました。
書き換えた人は、恋をしたことがないのでしょうか。
恋をして、気がおかしくなるほどくるしんで変愛鳥のミイラになってしまうほどの思いをしたことがないのでしょうか。それなら、それで幸せなことだとはおもいますが・・・。
好きな食べ物
アンケートなどでよく「好きな食べ物は?」というのがあります。
ですが、わたしは何も思い浮かびません。
そのとき、その時で食べたくなるものが違うので「今、食べたい物は?」と聞かれれば答えられるかもしれませんが。
あえて、つづけて食べられるものということであればやはり白いごはんでしょうか。
そして、具体的な料理の名前でなくてもいいのであればわたしは「美味しく作ろうと思ってちょっと失敗してしまった料理」と言いたい。レシピどおりに作ったけれどちょっと形がくずれてしまった、あるいは、ちょっと塩を入れすぎてしまったというような料理が好きです。
そこには、レストランや料亭で出てくる料理にはない微笑ましさがあるように思うのです。決して自分の腕前をひけらかすためではなく、不安な気持ちを持ちながら、でも新しい物に挑戦してまで美味しいものを食べさせたいという作り手の気持ちが表れていると思うのです。
ちょっと出来そこないの料理が私は好きです。そして、そんな料理に文句を言いながら食事をする時が一番幸せです。
