江川卓は巨人への入団時の騒動で、人のいろんな性格や、いろんな側面を見ることになってしまった。
見なくても良いものを見てしまった。
体験しなくてもいいものを体験することになった。
批判してる人を見て「自分のことを知らないだろう!」
「知りもしないで批判してる。」
むしろ自分のことを知らない人間の方が口汚く罵っている。
ユダヤ人も同じ体験をしている。
知りもしないくせに自分達を嫌っている。
能力に見えてくるためには、能力に見える価値観が必要で。
江川卓も、少し投げ上げるピッチングフォームから、やまなりのカーブと高めの直球を投げるピッチャーだったけど、今なら、上から下に投げ下ろすピッチングフォームで、低めに、もっと速い直球とフォークボールのような落ちる球を投げるピッチャーになっていたのかも知れない。
江川卓は、今現役なら、まったく違うピッチャーになっていたのかも知れない。
古い成功例からも、多くの[宝島の地図]が見つかって、才能として具現化・実体化できている。
[宝島の地図]があることを知って、見ると価値あるものとして見えてくる。
[宝島の地図]で、小石が宝石に見えてくる。
江川卓も、高めに浮く速球は欠点にしか思えなかったものが「高めの速球は打てない。」という先入観で見ると、欠点は才能に見えてくる。
そんな[宝島の地図]さえあると、誰でも才能は見えてくる。
エジソン少年は「1+1=1」と答えている。そんな子から、多くのイノベーションが生まれている。
そんな知識を知ると・・・「もしかして・・・。」「 この子は、自分達が思うよりも賢い子かも知れない。」と感じる。
教科書を書き換えるイノベーション(技術革新)は、欠点が才能に見えてくる見方を知ると、誰でも、そう思うのかも知れない。
小石が宝石に見える。
そんな見方を知ると!
誰でも、小石が宝石に見える。
そんな体験をして。
そして!
そんな先入観で見ることで、欠点が才能に見えて、イノベーションという技術革新はできるのかも知れない。
学者は未来を見ている。
未来の教科書はなく、空想と仮説で話を創作している。
というか!
作り話をしている。
たしかに!
未来を見た人が、いる訳もなく、未来の教科書もなく、未来は自分で想像して作るしかない。
そんな学者の話を聞くことで、学者の意見は空想や仮説でハードルが低く「入口は非科学でも良いのか!」と感じることで、ハードルは下がっていく。
AIは、非科学までハードルを下げると、先に進めなくなってしまう。
「1+1=1」もOKと考えるようになっていく。
テストで高得点をとる生徒は、過去に強く、未来に弱い生徒で。
むしろ!
科学的な思考のハードルが下がっていくのがイノベーションの第一段階で、やがて!
次の段階に進んでいく。
まだまだ人の脳の方が優秀で!
AIも過去に強くて未来に弱く、空想や仮説、そんな非科学的な思考から始めて、やがて科学が生まれてくる。そんな何段階も、分けて、それらを関連付けていく思考はAIにはできない。
模範解答を、1分以内に答えなさいというテストではなく。それは生成AIがあるんだから、生成AIに丸投げして。
空想や仮設という第一段階があって、非科学的な思考までハードルを下げることができたり、先入観を変えるだけで、欠点が才能に見えたり、まだまだ人の脳の方が優れているんじゃないの。