他力本願な日本人 7 | エイジのブログ

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人によって、自分がどう評価されているのか違いを感じる。

「ある人は、自分のここまで理解してくれているけど、別の人は現象だけ見て因果関係として理解していない。」と感じることも多く、理解力に個人差を感じる。


ルノアールや川端康成の作品は、科学じゃない。


元々さっして理解するのは日本人だけで、隠れた本音を感じ取っている。


そんな空想は非科学的な能力で、答えからは遠ざかっていく。


むしろ川端康成が東大出身なのが不思議で、これからは入試も論文形式に変わるみたいで論文を書くためには、空想や問題提起のような正解から遠ざかっていく能力が必要で、数値化できず偏差値は崩壊するかも知れない。


欧米人は問題提起から結論まで自己完結型の思考力が必要で、欧米ではそんな個人の才能に依存している。

それは、他人に冷淡な批判能力だったり、常識を飛び出していく仲間外れの考えだったり!そんな答えから遠ざかっていく孤独な心理は、彼らの不幸で孤独な生い立ちが原因していることが多い。

「幸福な天才っているの?」


日本人はそれとは反対に、周囲の空気を読みながら独自の判断はしない。

日本人は周囲の空気を感じながら考えている。

思い描くイメージのようなもの、それも人の話からイメージを得ながら考えている。

それは欧米人のような孤独な心理状態ではなく!

日本人には一体感という、正反対な心理が必要なのかも知れない。


「共存共栄という幸福感が効果的で、生徒を序列化する偏差値はバカげている!」


野球でも、タイミングの合わせ方は本来感覚的なもので教えることが出来ない。

しかし誰言うとなく、間(ま)やリズムでタイミングの合わせるという便利なマニュアルを考え出して、それさえ覚えれば何とかなるという指導法が確立して!あとは個人の応用力。


ジュジアーロは「日本刀は最高の工芸品」と言っていた。


そして、そんな日本刀の精神性は伝承されている。

それは日本刀の表面的な形ではなく、恐ろしいまでの[精神性]や[怪しい輝き]という心の内面が伝承されている。


日本刀を見て感じる精神性!

それは[感じる]他力本願な能力だけど、日本刀の恐ろしいまでの[精神性]は玉突きのように伝承されている。