節分のお寿司にまつわる悲しい話 他
どうも、大庭花門です。すでに、お気づきかとは思いますが、「おおば かもん」と呼びます。決して「おおにわ はなかど」とは言わないでください。今日は節分、節分といえば、豆まきと「恵方巻き」と言われる贅沢な具材を巻いた巻き寿司を恵方に向かって無言で丸かぶりするという摩訶不思議な習慣がすっかり定着していますが、そんな恵方巻きにまつわる話です。節分とお寿司え?!○○凍っているやん!!今日のお昼御飯は巻きずしです。私は、介護施設わかりやすく言えば「老人ホーム」で勤めています。こういう施設では正月やクリスマスといった特別な日にはイベント食といってその行事にちなんだメニューが出されるのですが、節分ということでメニューは当然のごとく「巻きずし」(予算の都合なのか、豪華具材の恵方巻きではなく、あくまでも巻きずしです)。ただ、うちは老人ホーム。食事をされるのは、アベレージ90超えの方々。ご存知の方もいらしゃるとは思いますが、高齢者にとって海苔は、餅に匹敵するデンジャラスフードです。(食べる力や飲み込む力が弱くなったお年寄りが海苔を食べると上あごや喉に張り付いて、一つ間違えたら窒息します)まして、巻きずしを丸かぶりさせるなんて、ロシアンルーレット並みの行為です。というわけで当施設では、通常に切ったされた巻きずしをさらに4等分にカットしたものと稲荷ずしが出ることになっていました。そして悲劇は起きた・・・稲荷寿司と巻きずし・・メニューを聞いた時「それ、恵方巻きやなくて助六やん。」と思わずつっこみそうになりましたが、そんななんちゃて節分もどきメニューでも入居者さんは朝から楽しみにしていました。そりゃ、そうですよね。こういう施設では食べることが最大の楽しみですから。こっちも、調子に乗って節分ネタの話で、イベント食への関心を煽りまくりました。そして、待ちに待った恵方巻きならぬ「助六様」がテーブルに並びました。入居者さんが嬉しそうに助六に手を伸ばします。実に微笑ましい瞬間です。私はすぐに異変に気が付きました。静かだ、静かすぎる、、、いくら恵方巻きは恵方を向いて無言で食べると言っても、これは変だ。空気が重い、重すぎる。これは単なる無言ではない、、、そうこれは沈黙‐サイレンスだ。静かなる怒りの声に違いない。今食堂でいったい何が起っているのだ・・新人介護士である私は思考が停止し全く動けずにいた、その時、食べ残された食事を点検した大先輩介護士が、顔色を変えて、全員を集合させた。大先輩は「ちよっと、これ見て」と「助六」を差し出しました。そこには、想像を超えたものが存在していたのです。え?! 稲荷寿司、凍ってるやん!!皿の上には御飯がキラキラと輝く、堅く冷たい稲荷寿司が平然と鎮座しました。信じられない光景に私たちも凍りました。この後、給食業者が、こてんぱんにかましあげられたことは言うまでもありません。それにしても 楽しみにしていた入居者さん、ほんま、ごめんなさい。ところで、この冷凍稲荷寿司ですが、実は7割近くの方が完食され、しかも「今日のお寿司、お米パサパサやったな。」「もうちょっと、いい米使ってほしいわ。」「年寄りは歯が弱いから、ご飯は柔らかくないとね。」などと話していておられました。「いや、あれ凍ってたし、、それに歯、すげ~強いし、、」私にとっては、こちらの出来事のほうが驚愕でした。介護職、勤まるんやろうかな、、不安になった大庭花門でした。恵方巻きの由来今回の話のネタになった恵方巻きについて少々恵方巻きのルーツ元々は江戸時代末期から明治時代にかけて大阪の花街で節分の日に巻きずしを食べる習慣があったそうです。切らずに丸かぶりするする理由については、花街の花魁との遊びの一種であった等のいろいろな説がありますが、一般的には大阪の商人の間で、商売繁盛を願い、福が切れないようにと切らずに丸かじりしたと言われています。大阪で節分の日に太巻きを丸かぶりする習慣がひろく一般家庭に1970年代の海苔業界の宣伝によるものです。そして、全国区へ関西限定の太巻きの丸かぶりの習慣が全国に広まった1989年にセブンイレブンが広島で節分の日に「恵方巻き」という名で太巻きずしを売り出したのがきっかけだといわれています。98年には全国で販売され、急速に認知度を高め、現在では節分の風物詩としてすっかり定着しています。