《弦》

【E】(もしくはDに)

12   10    0 

12   10    0

12   10    0


6  5   0  5  3 0


12  10  0

12  10  0

12  10  0


10  10 12


が速くて 指運がもたつき

演奏も指にも支障をきたすので


簡略化して


【E】 0 [開放を]×24回

(しかもダウンじゃなくてオルタネイトに甘え)

【A】5   5    7(しかもハンマリングじゃなくてスライドする軟弱)


としました。

もはやアレンジじゃなく苦肉の策です低堕落であります。遊びすら真剣に探求しません

勿論向上もしません。


でも、ブリッジの前後も

巧く出来ないので

更に簡略化しました。



面白味に 掛けるより

僕は 努力を惜しみます。


そうこうしている内に


別の曲の仕上がりとなってしまったので

「えっ?本末転倒!」

【】オリジナルの曲としました。【】

《ギリ作曲/もしくは編曲》

[#]でチューニングするか=[b]でチューニングしたかみたいな解釈としました。

技量も音感もリズム感も無い(←致命的)ないので 結果 《テセウスの船》みたいなもんです。


インテレクチュアルでプログレッシブな曲は

僕がやると《継ぎ剥ぎのニードルド》な仕上がりに・・・似て非なる~似て異なる。


楽器は 趣味と、して昔より 選べるし安価にもなり

見合った(懐具合と力量技量)範囲で気に入った品を手に出来る

でもスタンダードな水準の安心な製品ばかりだから

とてもありがたい。


僕は 音とか人間工学(弾き心地)(音痴)なので

一番大事な重要ポイントに関わらず(考えない)[先ずは価格]

その中から

見た目 デザインと色


N氏曰く

「欲しいか我慢するかで迷うなら買え! 

高いか安いかで迷うなら買うな!」・・・



とは仰いますけどぉ~


だから 腕もセンスも気まぐれに上達しませんが・・・その楽器は眺めるだけで 

弾くより

触る 撫でる 位でも 飽きなく

いまだに 大事にしています。

[用途に沿わなきゃ持ち腐れ、扱ってこそ意味がある]とも思いますけど

僕には

「弘法 筆を選らばず」

じゃなくて

「弘法にも筆の誤り」



そういえば 小学生の頃

指と頭を器用に使う音楽教材【リコーダー】も練習も嫌いで肺活量も集中力も精神力弱く堪え性はなく飽きっぽく常に鼻づまり。

テストに発表会 僕は判定【ドロップD】でした。 


「音楽は [音]を[楽]しむって事よ」と

先生はおっしゃいました。

でも

僕は【音我苦《death metal》】でした


アントニ・ガウディの[サグラダ・ファミリア]

じゃなくて 

アントニオ猪木の【桜田淳子】みたいな感じ。


要約出来ませんが

漸く肝心な「別に要では無いけれど」

原曲は カナダの技巧派アーティストの曲[好きな人は好きな]でした。 

そういえば[]カナダディアンマン[]も[器用貧乏ではなく]【不器用貧乏】でしたね。

「それが良い」かどうかは わからないけど