日本の4つの端を歩いてつなぐ旅 -ON THE ROAD EDGES-  -11ページ目

日本の4つの端を歩いてつなぐ旅 -ON THE ROAD EDGES- 

2024年で15年目。31回の旅で本土最南端の鹿児島県佐多岬から最西端の神崎鼻を経て関門海峡を渡り安芸の宮島、天橋立、石見銀山や木曽路、松島を歩き、本州最後の県青森の八戸駅まで歩きました。

先週の土曜日は、愛知県の岡崎城を訪れました。

 

 

家康の生まれた岡崎城。大手門前の駐車場は満車で、2ブロック離れたところを利用するようにと教えられます。さぞ混雑しているのだろうと思いきや、広い城内はさして人が多いわけでもなくホッとします。ゆったりとした時間を過ごしたいと遠くまで車を走らせた休日、天守に向かいます。

 

 

本丸手前の清海掘はこれまでに見たどのお掘よりも深く、

「(案内板に)書いてないな。どれくらいあるんだろう?」

「親父五人分で8メートル。それ以上はありそうだから10メートルはあるね」

親父と一緒にあれやこれや。

 

 

天守への階段を登りきったところを左に折れるとミュージアムショップ、奥まったところで少しわかりづらいかもしれません。通常の白地の御城印のほかに、限定の「家康公 ゆかりの四城」の御城印を販売していました。岡崎城、浜松城、田中城、そして駿府城。それぞれ龍があしらわれています。私は迷わずに限定の御城印を買い求めました。

 

大手門

 

到着したときは雲が多かったもののその後青空が広がり、満足の写真が撮れました。岡崎城を後にし、駐車場近くのスーパーで親父の夕食と自分のおつまみを買って浜松の宿に向かいます。また雲が多くなってきました。明日の空は?

 

日本100名城 9/100

岡崎城

 

1月18日の日曜日は千葉県の佐倉城址公園を訪れました。

 

本丸跡

 

石垣や櫓、天守などは、たとえ現代に再建されたものだとしても威厳があり見ていて圧倒される感があるのですが、石垣を持たない近世城郭の佐倉城は土塁や空堀といった自然の地形を生かしたお城なので優しい雰囲気。広大な城内は品のあるゆったりとした空気に包まれています。このお城を訪れる人たちも、のんびりと犬の散歩だったり空堀の斜面でそり遊びだったり、まったりとした時間を過ごしていました。

 

空堀

 

 

「梅が咲いていますよ」

通りがかりのお母さんが教えてくれます。私が首からカメラを提げているからでしょう。ご親切にスマホの画面をこちらに向けて、さっき撮ってきた紅梅の枝ぶりを見せてくれました。

 

国立歴史民俗博物館のミュージアムショップで御城印をいただきます。お店には他にほのぼのとした埴輪などが売っていました。物欲のない親父にしては珍しく、何か記念になるものを買おうとしているようで店内をうろうろ。十数分ののち、結局何も買わずに店を後にしました。

 

馬出し空濠

 

「いろいろありがとうな二日間」

珍しく感謝の言葉を口にする親父。

「おーっ、わかってくれてんじゃねぇか親父」心の中でつぶやきます。まだまだ八個目、どんどん行きますよ。

 

日本100名城 8/100

佐倉城

 

先週の土曜日は栃木県の鑁阿寺を訪れました。元々は足利氏の館であったことから日本100名城に選ばれているこの鑁阿寺、現在の姿はお城ではなくお寺です。

 

 

鎌倉時代に建立され今なお残る国宝の本堂。樹齢550年とも650年ともいわれる大銀杏は、二本の太い幹に刻みこまれた無数のひびが生き抜いた時間の長さを物語っています。

 

多宝堂と大銀杏

 

山門前の太鼓橋で小さな女の子とお母さんがハトにえさを与えていました。みな、他には負けじと一心に落ちている粒を突っついています。お母さんの手のひらに乗る心臓の強い一羽もいました。

何かの拍子でいっせいに飛び立つひとむらのハト。ばさばさと鑁阿寺の上空に円を描いています。

 

 

本堂でいただいた御城印、手渡された瞬間感じたのは

「でかい。御城印帳に入るかな」

車に戻って御城印帳にあててみると、やはり大きくポケットに入りません。画像をスキャンした後に少しずつ切り落とし小さくしました。

 

日本100名城 7/100

足利氏館

 

三連休最終日の成人の日。今日が誕生日の親父は83歳。昨夜の宿の津からはそう遠くない松坂城跡に朝の早い時間から訪れます。

 

 

「冬はつとめて」

澄んだ青空と冷え切った空気の朝。石垣を縫うようにして本丸跡に向け歩きます。建造物は残っておらず、石垣のみの城内はさっぱりとしていて潔さを感じます。無粋な案内板がほとんどないこともその一因ではないでしょうか。

 

 

「松阪」市の「松坂」城。

明治時代以降、「坂」は「土に還る(死ぬ)」ことから縁起が悪く、代わりに「阪」が使われるようになったそうです。そのためお城の名前は昔からの「松坂城」、市は「松阪市」なんですね。

 

 

松阪駅前の松坂牛の小さなモニュメント、どなたがかぶせたものか黄色のニットキャップが似合っています。駅前の観光案内所でいただいた御城印はお正月の特別版でした。

 

 

日本100名城 6/100

松坂城

 

三連休の中日は兵庫県の赤穂城跡を訪れました。とにかく寒い一日でした。大気が冷え切っていてその上風も強い。最強クラスの寒波到来とニュースは告げています。

 

 

言わずと知れた主君の仇討ちを遂げたことで有名な赤穂浪士四十七士、忠臣蔵。年の瀬が迫り、12月14日になると毎年思い出されます。

…というか、東京の会社の近くに「浅野内匠頭終焉之地」があるので、忠臣蔵のことは頻繁に思い出します。「切腹最中」もありますし。

 

 

現在の赤穂城跡は広大な敷地に石垣が配され建造物はそれほど多くは見られませんが、この後どんどん復元されることを期待します。

 

 

あまりにも寒く場内を隅々まで見て歩く気力がそがれ、本丸跡や大手門などをまわっただけで良しとします。

お城を後にし播州赤穂駅の観光情報センターへ。運よくすてきな切り絵の御城印が手に入りました。黒地に金の文字が映えます。

 

日本100名城 5/100

赤穂城