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アラフォー転勤族妻のゆきのです。
現在育休中で、
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シンプルライフを目指してるわりに
無駄遣いが多い。。

そんな私のつぶやきと言い訳のブログ。



突然の「どうする家康」評〜爆笑


少し前ですが、最終回しましたね。

大河を年間通して

だいたい見ていると達成感がある。


嵐と古沢良太さん(脚本家)が

けっこう好きなので、

若干ひいき目である自覚はあるんですが、

面白かったと思う!


でもネットとかで検索するとあまりに酷評で、

なんだか、

家康に肩を持ちたくなってしまった。


なので突然ですが、

唯一私が公共の場で発信できる

ブログで感想を書きたいと思います指差し



無駄に長いよ!


猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま


家康(マツジュン)はじめ

登場人物の価値観が現代的過ぎて、

(「戦はよくない」「民が死ぬのはよくない」)

史実をそのままドラマにして、

肌で感じたいような王道大河ではない。

しかし、これは一つの創作、

「令和版・徳川家康」という

新しいものを見るつもりでいると、

面白かったし、伝えたいメッセージ性も

胸にくるものがありました。


ただ創作、にはなると思うんだけれど、

全くのファンタジー戦国時代かというと、

そうでもないと思っていて、

「本当は戦をしたくない」という家康の思いは、

ドラマの中の現実でも結局は通用しなくて、

「戦なき世」を作るために、

誰よりも戦をし続けて、

誰よりも戦が上手くなって、

誰よりも殺したり見殺しにしたり、身内であろうと躊躇なくできるようになっていった。

「戦なき世=家康の天下」が近づいているはずなのに、それとしてきた事のギャップがありすぎて、

これでよかったのだろうか?と

自問自答している晩年の家康像は、

これまでの「最終的に天下取ったぜイェーイチョキ

のたぬきオヤジという、

私の浅はかすぎる家康イメージと全く違って、

こういう思いで江戸時代を開いてくれたんだったら、それは素晴らしいことだな。

と思ってしまいました。


これでよかったんだろうか?

と迷いながら逝った家康だけど、

(夢の中?で妻の瀬名がよかったんですよ、っと言ってくれたけど)

それから「戦なき世」の江戸時代が270年続いたという史実が、家康のしたことがよかったと、

証明しているように感じました。




それに、歴史というのは

本当に一部しかわからないもので、

家康をはじめ当時の人がどんな人で、

何を考えていたかなんて、

本当には誰にもわからない。

自由な想像や自由な可能性を残しておくことは、

歴史を楽しむ上では忘れてはならないな。

と、いうことも、

「どうする家康」を見ていると

私は改めて感じました。


この家康の価値観は、

戦国時代の人間としては

おかしいかもしれないけれど、

必ずしも当時の人の全てが、

当時の一般の価値観だったかなんてわからないですしね。

ましてや偉業を成し遂げた偉人が、

常識離れした価値観や考え方をしていることなんて、あるのではないかな?なんて思ってしまう。


リーガル・ハイの脚本家ぽさが

出ているなと思ったんですが、

信康が僧を叩き殺す史実や、

五徳が信長に築山の罪状を送る史実など、

あえて史実を織り込みながら、

それがこれまでと全く違う見え方になるようになっている。

まぁちょっと無理があるような気もしますけど、

でも絶対にないとも言い切れないよね。

歴史なんて案外そんなもので、

これまであたりまえの史実も

本当は全く違う真実をはらんでいることが、

無数にあるんじゃないだろうか。

歴史を学んだり、楽しんだりすることに、

もっともっとジ自由さを感じた、

そんな大河ドラマでした。


あとマツジュンはじめ

老けメイクが非常に秀逸で、

こんな老ちゃっていいの!?

っと見入っちゃいます。

松島菜々子とかも最期、

腰も曲がって顔もシミだらけでやるなと思った。

メイクだけじゃなく役者さんの老け芝居もよかったのかな。

ムロ秀吉のイカれオイボレ具合が非常によかった。

また、老け具合を見ながら、やっぱりマツジュンっていい顔立ちしとるな、とも思いました。

個人的には秀吉が死ぬ時くらいの

初老メイクの頃が一番好みです!


以上、ありがとうございました。