在宅福祉の道のり
1985年4月介護用品販売開始(32歳)
介護用品販売をしているのが珍しい時代でした。
情報もなくノウハウもない時代でした。
ヨーロッパの福祉先進国の情報を見学した人が雑誌に掲載したのを読んでいました。
しかしヨーロッパの人と日本人とでは体格が違い過ぎる為に日本人向きに変更しなければならない物ばかりでした。
特に高さには問題が有りました。
雑誌に載っている箇所を赤字で訂正して送った事も多々ありました。
何も無い時代でしたのでフランスベットメディカル株式会社のフランチャイズ「ふれあいの輪」に参加しました。
会員NO10番です。
介護用品にノウハウがあると思って参加したのですがベット以外は寂しい状態でした。
当時の商品カタログは三つ折の一枚物でした。
情報としては出版物それも外国の本を日本語訳した物のみでした。
それ故に自分で情報を得なければなりませんでした。
情報収集の方法は直接要介護者の自宅へ訪問する方法が一番です。
先ず最初に選んだのが病院からの紹介でした。
大きな病院には医療相談室があって患者さんの相談に応じていました。
退院する患者さんの情報を頂いて患者さんと家族に面会して病院の指導により
退院後の自宅で使用する機器や介護用品を選定します。
退院の日か前日までに商品を自宅に搬入セットして帰宅したら使用出来るようにしておきました。
その後は月一回の定期訪問に切り替えます。
病院以外は市町村社会福祉協議会を訪問、特にヘルパーさんから情報をもらっていました。
特別養護老人ホーム、軽費老人ホームは既存の業者がおりましたので難しかったです。
この当時の在宅はこの様な様子でした。
お客さん宅を訪問すると掃除をしていました。
理由を聞くとその答えが・・・
この後「ヘルパーさんが来るので掃除をしている」との答えでした。
掃除なんてしなくていいのにと言うと、その返答が
ヘルパーさんの出身が地元で家の中の事を喋られると困るから
これは県内どこの地域を回っても言われました。
その後ヘルパーさんにも「守秘義務」が常識となりました。
事前清掃も少なくなりました。
次は嫁姑の問題
1985年4月介護用品販売開始(32歳)
介護用品販売をしているのが珍しい時代でした。
情報もなくノウハウもない時代でした。
ヨーロッパの福祉先進国の情報を見学した人が雑誌に掲載したのを読んでいました。
しかしヨーロッパの人と日本人とでは体格が違い過ぎる為に日本人向きに変更しなければならない物ばかりでした。
特に高さには問題が有りました。
雑誌に載っている箇所を赤字で訂正して送った事も多々ありました。
何も無い時代でしたのでフランスベットメディカル株式会社のフランチャイズ「ふれあいの輪」に参加しました。
会員NO10番です。
介護用品にノウハウがあると思って参加したのですがベット以外は寂しい状態でした。
当時の商品カタログは三つ折の一枚物でした。
情報としては出版物それも外国の本を日本語訳した物のみでした。
それ故に自分で情報を得なければなりませんでした。
情報収集の方法は直接要介護者の自宅へ訪問する方法が一番です。
先ず最初に選んだのが病院からの紹介でした。
大きな病院には医療相談室があって患者さんの相談に応じていました。
退院する患者さんの情報を頂いて患者さんと家族に面会して病院の指導により
退院後の自宅で使用する機器や介護用品を選定します。
退院の日か前日までに商品を自宅に搬入セットして帰宅したら使用出来るようにしておきました。
その後は月一回の定期訪問に切り替えます。
病院以外は市町村社会福祉協議会を訪問、特にヘルパーさんから情報をもらっていました。
特別養護老人ホーム、軽費老人ホームは既存の業者がおりましたので難しかったです。
この当時の在宅はこの様な様子でした。
お客さん宅を訪問すると掃除をしていました。
理由を聞くとその答えが・・・
この後「ヘルパーさんが来るので掃除をしている」との答えでした。
掃除なんてしなくていいのにと言うと、その返答が
ヘルパーさんの出身が地元で家の中の事を喋られると困るから
これは県内どこの地域を回っても言われました。
その後ヘルパーさんにも「守秘義務」が常識となりました。
事前清掃も少なくなりました。
次は嫁姑の問題