人を見るというのは、おもしろい。
まったく同じ性格でも、相手との関係によって長所にも欠点にも見える。
最近、それを強く感じる出来事があった。
どちらも、決してこちらに媚びるタイプではない。
必要以上に甘えてこない。
機嫌を取ろうともしない。
こちらに合わせて、何でも「うん、うん」と言うわけでもない。
もともと、そういう女性は嫌いではない。
むしろ媚びない人の方が好きなのかもしれない。
ところが、一人の「媚びない」は魅力に感じて、もう一人の「媚びない」は大きな欠点に感じた。
なぜなのだろう。
考えてみると、答えは意外と単純だった。
一人は、媚びないけれど、ちゃんと返してくれる。
何かしてもらったら「ありがとう」と言う。
楽しかったら「楽しかった」と伝える。
こちらが気持ちを投げれば、自分なりの言葉でちゃんとボールを返してくれる。
決して派手ではない。
こちらを喜ばせるためだけの言葉でもない。
でも、
「ちゃんと受け取ったよ」
ということは伝わってくる。
だから媚びないことが、
「自立している」
「自然体である」
「対等でいられる」
という魅力になる。
一方、もう一人も媚びない。
でも、こちらから距離を縮めようとしても、なかなか近づいてこない。
連絡はいつも遅い。
こちらが気遣って送った言葉にも、返事がない。
毎日連絡がほしいわけではない。
即レスを求めているわけでもない。
会う店を決めたり、待ち合わせ場所を考えたり、そういう段取りはこちらがすればいいと思っている。
欲しかったのは、本当に一言だけだった。
「無事帰ったよ」
「ありがとう」
それだけでよかった。
でも、その一言がなかった。
そして関係を終わらせると伝えた時だけ、驚くほど早く返事が来た。
ある意味、最後の勝負どころではちゃんと反応してくれた。
ただ、それは関係を続けるための一歩ではなく、終わらせるための一歩だった。
少し寂しかった。
そこで気づいた。
求めていたのは、媚びることではない。
追いかけてほしいわけでもない。
キャッチボールがしたかっただけなのだ。
こちらから投げる。
相手が受け取る。
そして、ときどき向こうからも投げ返してくれる。
それだけで、人間関係には温度が生まれる。
逆に、こちらから何度ボールを投げても返ってこなければ、どれだけ会っていても一方通行に感じてしまう。
同じ「媚びない」でも、
媚びないけれど近い人。
そして、
媚びないうえに遠い人。
この違いは大きい。
考えてみれば、人の性格というのは単独では評価できないのかもしれない。
無口な人も、安心感があれば「落ち着いている」と感じる。
でも距離があれば「冷たい」と感じる。
マイペースな人も、信頼があれば「自然体」に見える。
でも信頼がなければ「自分勝手」に見える。
人の長所と短所は、紙一重なのだろう。
そして、それを分けるものは、
信頼と関係の温度。
なのかもしれない。
理想の人なんて、たぶんいない。
だから大切なのは、完璧な相手を探すことではない。
相手の不完全なところまで含めて、
「それでも、この人とはキャッチボールを続けたい」
と思えるかどうか。