「麻痺現象」に気をつけよう | 日本語好きな人、寄っといで

「麻痺現象」に気をつけよう

あることばに最初に出会ったとき、音の流れにぎこちなさを感じたのに、使いなれてゆくうちにそれが気にならなくなるということがよくあります。これを私は「ことばの音が持つ麻痺現象」と呼んでいます。

18年前「平成」という元号が発表された日、マスコミは町の人の声をいろいろ報じていましたが、その内容には「平凡」「感じがよくない」「明るさがない」「夢や意欲を感じない」などがほとんどで、無条件で「良い」と言った人はほとんどゼロのようでした。
この語を聞いて即座に「ノー」と答えた現代人一般のことば感覚の鋭さに私は深く感じ入り、当時担当していたある新聞のコラム欄で次のように書きました。

『この語は、穏やかで安定感はあるが、暖かさや親近感がなく、新時代への感動や夢がないことばだ。その原因を作っているのは、疎外的、排他的なイメージの強い「エ」音を全音(4音)で使っていることと、調音種にあいまいなイメージを作る「摩擦音」しか使っていないアンバランスにある』
と書きました。
ところが、それから3カ月後、同じ新聞社が同じ方法で街頭調査を行ったところ、今度は全く反対に「感じがよい、明るい、使いやすい」など肯定的な評価ばかりになっていました。

ことばはこのように、始めの第一印象が悪くても、使い馴れてゆくうちに「あまり悪くない」から「良い」にまで変わる傾向があるのです。
この現象は、元号や地名のように日常高い頻度で使われることばほど早い段階で現われるのです。
ことばに「麻痺現象」があるのなら、初めの第一印象など気にすることはないという人もいるでしょうが、麻痺をするのは表面だけで、初めに直感した第一印象は人びとの潜在意識の奥底で、いつまでも初めの第一印象がほとんど同じ形で居座り続けるのです。
このことは、平成を冠する社名が東証第一部上場の企業の中に1社もないのを見てもわかります。
とりわけ社名変更などが多かった平成年間に、大切な社名にこの名を使う気になる人がいなかったからなのです。それは人びとの潜在意識が拒んだものなのです。

「麻痺現象」について思うとき、何の効果も上げていないネーミングが、麻痺現象のお陰で厳しい批判から免れている多くの例を考えずにはおれません。

かつて、レナウンという会社が「フレッシュ・ライフ」という防臭抗菌ソックスを作りましたが、商品の優秀さにもっかわらず何時までも売上が伸びなかったため「通勤快足」とネーミングを変えたとたん、売上が9倍に伸びたということがありました。
「フレッシュ・ライフ」という音は明白な表情をもたない極めて印象不鮮明なことばですが、「通勤快足」は破裂音や破擦音、それに無声音を多く使って目の覚めるような「若さ、活力感、新鮮さ、明るさ」の表情をもったことばです。
「フレッシュ・ライフ」は麻痺現象のお陰でとりわけ厳しい批判をうけることもなかったため、漫然と居座り続けただけのものだったのです。
また、注意しなければならないことのは、「麻痺現象」のおかげで、苦情や批判から免れているものを、ネーミングが良いから批判がないのだと勘違いする怖さです。

現在使っているネーミングも、正規の音相分析を行って、その語自体がもつ「裸の価値」を見なおしてみることが必要なのです。
   (終わり)