大衆とは何か | 日本語好きな人、寄っといで

大衆とは何か

 音相理論の中で「大衆」ということばがよく出てきます。


 それは音相が、大衆の平均的な語音感覚で作られることと関係があるからです。
 「大衆とは、生産物の消費者やマス・コミュニケ-ションの受け手として常に受動的な立場をとる無定型、無組織の人々のこと」と言われていますが、社会学や心理学の辞典を見ても、共通の目的をもってある場所に集まる「群集」という語は出ていても「大衆」は語そのものがないのです。


 大衆は、群衆のように集団を作らず、共通の目的ももたないとりとめのないものですが、ことばの音相を究めるうえで大衆という概念を明らかにしておかねばなりません。
 そこで私は次のような、私なりの定義づけを行ないました。

「大衆とは個々別々の関係でしかない人たちが、何らかの事態が生起したとき、意思や感覚を共有できる可能性を持った人々」だと。

 大衆がことばの音について行なう取捨選択ぶりをみていると、そこには驚くほど秀抜な直感力と、客観性の高い評価力があるのがわかります。


 個人が1つ1つのことばに抱くイメージには、一部にその人なりの主観が入りますが、そのような主観部分を取り去ってあとに残ったものが「大衆の平均的感性」というものです。
 初対面の人たちが互いに心の機微を伝え合えるのも、新語や流行語の発生や消滅が狂いのない感覚的な秩序のもとで行われているのも、大衆の平均的感性がそこにあるからにほかならいのです。