「音相」という概念の特殊性
ある語がどんなイメージを持っているか、それを正しく捉えるには、自身の中で無意識に持っていることばの音に対する好みや主観的な感覚を一切捨ててかから、取りかからなければなりません。
ことばの音相を見る場合、これは何より大事なことですが、たいへん難かしいことでもあるのです。
ことばには、誰もが共通的に持っている社会性の高い部分と、個人だけが持つ主観的な感性部分とがありますが、これらの間に明白な線が引けない曖昧なゾーンがあるところに、イメージ評価の難しさがあるのです。
そのため、ことばの専門家と言われている詩人、文芸作家、コピーライターなどでも、ネーミングのイメージを評価する際、どうしても個人の好みや主観が入りますが、個人が持つ特殊な感性を客観性のある感性と誤解して評価をしたら、その評価は誤ったものになるのは言うまでもありません。
これら専門家といわれる人たちは、特異な感性の持ち主だからこそ、それぞれの道の専門家なのですが、個人的な感性を無上のものとする人々のことば観と、「大衆の平均的感性」という客観的なイメージに価値を見る音相理論のことば観とは基本において相反する部分があることを、常に意識していなければならないのです。
(木通)