見当はずれの表情語をどう見るか
― 「朝日」と「夕日」の分析から ―
『朝日』と『夕日』を分析したら次の表情語が現れたので、ポイントの高い順にならべてみました。
『朝日』…『庶民的、シンプル、強さ、合理的、活性的、軽やかさ、
健康的、清潔感、派手さ、若さ、爽やかさ、開放的』
『夕陽』…『安定感、高級感、優雅さ、静的、安らぎ感、軽快感、
清潔感』
「朝日」では太陽が昇るときの爽やかで活性的な雰囲気が、
「夕陽」では日没の優美さと安らぎ感、そして寂寥感などが、どちらも適切な音を使って見事に表現したことばであることがわかります。
しかしながら、この分析表で気になるのは、これらの表情語に混じって、「朝日」にはそれと全く無関係と思える「都会的」という表情語が、「夕陽」にも関係が全く感じられな「合理的」という語が混じっていることです。
分析表を見ていると、時々こんなことばにぶつかることにお気づきでしょう。
こういうときは、メインの表情語が捉えている中心的なイメージとかけ離れたものは、異物として無視しよいのです。
また、評価を行う際、出てきた表情語をどのように考えたらよいか判断に苦しむことがよくあります。
例えば「風鈴」を分析したら、表情語の上位に当然あってよいはずの「爽やか、清らか」がゼロ・ポイントになっているような場合です。
だが、この場合は『さわやか、清らか』欄はゼロ・ポイントでも、他の表情語に「シンプル、軽やかさ、鋭さ、優雅さ、明るさ」が高ポイントで出ていて「爽やか、清らか」な雰囲気は十分表現されていますからそこから爽やかさ…を捉えているから良いのです。どんな場合にも必ず表情語が捉えていなければならないということはないのです。
表情はコンピューターの計算からいろんな欄を使って表現されるのですが、幅広い意味で使われている「ことばの音」から、普遍的な表情を取り出すのだから、一部に無関係なものが混入したり、あるべき表情語がなく、それが他の欄でとらえれれるなど、不完全な形で表現されることもあるのです。
コンピューターの精度がどんなに高くなっても、そこには限界が生じるように思います。
究極においてことばはやはり「人間のもの」ということを忘れてはならないように思うのです。
したがって評価を行うときは、慎重な検討のうえ、無関係と思える異物を切り捨て去ることも、大事な評価技術といえるのです。
(木通)