「ナウい」から、「イケてる」→「キてる」まで
もう1~2年前のこと。
雑誌社へ出した原稿のことで編集者からの電話で「文中のナウいという語はもう使われていないから、ほかのことばに変えてはどうですか」という。
「何かうまいことばがでたのですか。」
「それはまだないようですが」
「…古い語が消えてゆくのはより良い語ができたとき、というのが流行語の常識なんですが。代わりの語ができないのにいま使っている語が使えなくなるなんて…現代語は日本語のそんなルールすら壊しているんですかね」
と、編集者にむかって漠然とぼやいたことがありました。
『ナウい』は、古いものはすべて悪というバブル時代の狂的な嵐の中で使われ始めたことばですが、そのような軽薄さをこの語の音が見事に捉えているので、私は時々好んで使っていたのです。
この語の軽薄感は、体験版で分析すればすぐわかります。
表情解析欄の上位のところに「大衆的、シンプル(単純)、派手、軽さ、」がありますし、体験版では省略してある特記事項欄には「ユーモア感、単純さ、現代感…」などがあるため単純で軽薄なイメージが作られているのです。
ふと最近このことを思いだし、『ナウい』の新語がその後生まれているかをHPの検索で調べてみたら、『いけてる』と、それに続いて『キテる』があるのがわかりました。
そこで、これら3語を並べて分析したら、「いけてる」や「キてる」には「ナウい」に見られる軽薄感を示す表情語がないのです。
そこではじめて「ナウい」が生きながら捨てられた理由がわかったのです。
つまり、『ナウい』は、はじめ新しさだけを意味したつもりのことばでしたが、この語の音に『軽薄さ』が含まれているのを感じはじめた若者たちがそれを嫌って、「新しさ」だけを意味することばとして「イケてる」「キてる」が生まれたのです。
「軽薄さ」を直接表す表情語は「派手さ」ですが、「ナウい」にはそれが上位第3位にあるのに対し、「イケてる」は6位に、「キてる」は16位へと、軽薄的な表現が逐次なくなっているのがわかります。
大衆のことば選びの感覚の鋭さと、それを適切な数値で捉えた音相分析の確かさに敬意を表した次第です。
(木通)