外来語を日本語化した先人の知恵
日本人は外国語を日本語の中に取り入れるとき、外国語をそのままの形で受け入れず、日本語の言語風土を乱さない工夫をしながら受け入れてきました。
たとえば「ビュ-ティフル、ビジブル、ロマンティック」などの形容詞はそのままの形で受け入れれば、活用形をもつ日本語の形容詞に混乱が生じるため、これらの語尾にっわざわざ活用(だ、で、に、な、なら、)をつけて使いました。すなわち外国語の形容詞は、形容動詞の語幹、すなわち「名詞」としてしか受け入れていなかったのです。
日本語の体系を守り抜こうとするこうした傾向は、漢語の音韻の受け入れの際にも見られました。
「京」(チン)や「両」「リャン」という中国風の音韻はやまとことばになじめなかったため、「チン」は「キョー」(どちらも破裂音系)、「リャン」は「リョウ」(どちらも流音)のように、なるべく同じ系統の音を使ってて翻案しながら受け入れたのです。
このように工夫をしながら受け入れた外国語は、外国語にル-ツを持つ立派な日本語といってもよいでしょう。
先人たちはこんな方法で日本語としてもっとも大事な核である「語順」や「文法」や「音韻」などを乱すことなく、単語としてのみ外国語を受け入れて日本語の語彙を増やす工夫をしてきたのです。
このような、祖語に対する先人たちの見識の高さと、豊かな感性にはただ敬服するほかありません。
(木通)