音楽食堂 しゃちょの生きているといふこと。
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2018年11月06日(火) 12時06分15秒

死ぬということ。自ら命を絶つということ。

テーマ:日常

中学生の頃、不登校になり、おれは独りなんだなぁ…と思い始めてよりしばらく、自殺願望というモノを心のどっかに持ち続けてた。

 

 

 

音楽の夢が叶いそうだった頃も、その夢を投げ出した時も、生きる目的が定まらず迷走を続けた頃も、人生の優先順位の一番上に金と力を置いてた頃も、その願望が何となく叶った時も、そして、それを全て失った時も、おれは、自分で死ぬんだろうな…って、漠然とそう思いながら生きてきた。

 

そして、全てを失った30歳の頃、もう終わらそうかな…と、考えてはみたものの、まだちょっと後悔が残るから…という些少の未練に基づいて、もうちょっとだけ頑張ってみようかな…ってなって、ごく僅かな選択肢の中から訪販会社に入ることを選択した。

 

 

 

その後、しばらくして、同僚の親御様が行方不明になるという事件に遭遇、家屋捜索の果て、おれは、ご遺体の第一発見者となった。

 

自殺だった。

 

その時に目の当たりにした風景が、おれに、「そうか、人は、自分で自分を殺してはいけないんだな」と思い直させたんだよなぁ…。

 

 

 

しかし、再び、その思考が覆ることになる。

 

 

 

6年前、従兄が亡くなった。

 

 

 

由佳がいなくなり、先代の与一がいなくなって間もなく起きたその出来事は、傷心まだ癒えぬおれにとっての最大の悲劇だった。

 

 

 

自ら命を絶ってしまった従兄…。

 

だのにだ…従兄の死に顔は、至極穏やかだったのである。

 

「まるで眠っているように」という表現をよく聞くことがあるけれど、自殺だった筈の従兄の死に顔は、まさにそれだったのだ。

 

 

 

おれは、従兄が一生懸命生きていたことを知っている。

 

懸命に生きた従兄は、やがて希望を失い、そして力尽きたのだ。

 

その時、おれの生死に対する思考が再び覆った。

 

「人は、どう死ぬかではない。どう生きたかだ」…と。

 

 

 

今日までの経験上、死ぬ死ぬ言うてる人間はだいたい死なない。

 

死に向かう人間は、覚悟を決めている故、誰にも言わずに死を遂げる。

 

 

 

人の本当の死は、希望を失うことである。

 

そう思うからこそ、「もうこれ以上は無理だ。後悔もない」その心情に至るまでは、生きていたいと思っている。

 

ただ、おれの人生は、きっとおれが終わらせる。

 

 

 

「命を粗末にするな」だとか、「自殺は殺人だ」という人がいらっしゃることは百も承知、けれど、今日までの経験において、それは、おれの中で出ている一つの答えなのである。

 

ただ、母と与一より先には逝けないと思うているし、おれがいなくても音楽食堂は続いて行くという確証が持てるまでは、自らの命を絶つことはしないと決めている。

 

死に行く時は、誰にも告げず、誰にも見送られず、ただひっそりとこの世を去りたい。

 

 

 

「人は、どう死ぬかではない。どう生きたか」

 

死にたい死にたい言うている若い命の皆様方、人生は一度きりだということを忘れずに。

 

自分で納得のいく人生だったと思えるまでは、希望を持ち続けた方が良いと思うよ。

 

 

 

2018年09月15日(土) 10時23分20秒

琴音ちゃんと個人的焦燥感。

テーマ:日常

「琴音」ちゃんが、母である「れいちゃん」に連れられて旧音楽食堂に来たのがいつだったのか…そのはっきりとした記憶がないのだけれど、唐突に現れた小学生の「琴音」ちゃんが、もはや疲労困憊だったおれにとっての希望の星となったことだけは確か。

 

声質や発音が独特で、それは、一見マイナスにも思えたのだけれど、その特徴は、やがて、「琴音」ちゃんの個性&長所に変換された。

 

地上波の音楽番組「音楽チャンプ」に出演した琴音ちゃんは、今や「天才女子高生」と称賛されている。

 

 

 

まぁ、いろいろ言われるけれど、10代で音楽の夢を投げ出し、20年以上も音楽を止めていたおれが、音楽的な指導を細かく施すなんてことは、恥ずかしいやら、おこがましいやらで出来る筈が無くて、そんなんだから、「琴音」ちゃんを育てたなんていう意識は毛頭持ち合わせてはいない。

 

「歌が上手くなりたくて腹筋を毎日300回やってる」と言ってた「琴音」ちゃんは、「好きこそ物の上手なれ」を地で行き、さり気ない努力を継続し、知らずここまで成長してきたのだろう。

 

おれがして来たことと言えば、機会をつくり、少し背中を押してあげたことくらいなんじゃないかなぁ…。

 

ただ、おれにある唯一は、「この子なんとかなりそうだなぁ」…っていう感覚的なモノな訳で…それは、10代の頃に間近で見ていた「本物」と称して然るべきミュージシャンたちの記憶。

 

その人たちと同等な何かを誰かに見つけることが出来た瞬間、心の底から得体の知れない気持ちが膨らんで来る。

 

そんなんで、「琴音」ちゃんに希望を見つけたおれは、201410月より、「good evening with kotone」という「琴音」ちゃん冠のライブを毎週金曜日に始めることになった。

 

観てくれる人も少なくて、おれの力不足を痛感する現実は歯痒かったけれど、その後、「ほっぺ」を加えて行っていた毎週金曜日のライブは、おれにとって、かけがえのない想いでに変わった。

 

 

 

 

 

そして、「音楽チャンプ」に出演したことにより、琴音ちゃんを取り巻く環境は劇的に変わる。

 

辛口批評の当番組に出演することについては随分迷ったようだけど、勇気を持って踏み出した「琴音」ちゃんの状況は、今、多くの人が知る通りになっている。

実は、それまでにも、友人知人を介し、いろいろ試みてはいたのだけれど、なかなか「琴音」ちゃんを拾ってもらえないもどかしさがあったりして、己の力不足を思い知ることとなって歯痒かった。

 

以後、「琴音」ちゃんの夢が叶い、その道の行く先に光り輝く未来があることを祈っています。

 

 

 

 

 

てか、世に出るということは、力のある誰かの目に触れ認めてもらうこと。

 

人生は、誰と出会い、誰との縁を大切にして行くかが大切だのであって、誰かとの出会いで人生が大きく好転して行くことがあるし、その逆の場合もあるってこと。

 

若いうちには、なかなか解らないそのことで、この地にあった筈の才能が埋もれてきた今日までを嘆いたりもする。

 

 

 

まぁまぁ、いろいろあるけれど、おれはおれの立ち位置において、今後も出来る限りのことをして行きたい。

 

いつまで生きれるのかも解らず、死と隣り合わせにあるのは誰にでも言えることだのかも知れないけれど、おれが先にいなくなるのが順当の訳で、もし、おれが明日居なくなっても大丈夫という状況を早く作らなければならないと思ってる。

 

老若男女、誰もが音楽を楽しめるライブ空間の構築…それを考えると、後退しているのでは?という焦燥感もある。

 

理想を思えば思う程に苦悩は深まる。

 

「後進に道を譲る」を念頭に置きながらも、おれはおれに出来ることを探して行きたい。

 

 

 

2018年08月28日(火) 20時41分54秒

ZERO2年と音楽食堂15年とこれからのこと。

テーマ:日常

9月3日、音楽食堂ZEROのオープンより丸2年が経過する。

2年か…瞬く間に過ぎ去ったな…と。

そして、その2年の間に、ライブハウス音楽色堂っていうバンド系の箱も出来て、気付けば、2軒のライブハウスをやっているという事態になっていた。

自分の器以上のことをしているとは思うけれど、まぁ、火災事故後に出来た箱が図らずもアコースティック系に片寄っていたところもあって、これが自然な流れと言えば確かにそうだのかも知れないなぁ…と。

15年前に音楽食堂を始めた頃に携えていた筈の野心が今はある訳でもなく、ただ心の奥底に根付いていた「やらねばならん」というただそれだけの使命感が、今の状況を創造してきたように思う。



15年前、20年ぶりに戻った音楽業界に絶望したおれは、本当のミュージシャンのための店をやる!…と息巻いて、飲食をしながら音楽を楽しめる店「音楽食堂」を始めた。

あの頃、社会に揉まれた20年の間に知らず身に付いていた更々根拠の無い薄っぺらい自信は、「すべてを変えてやる」…という意気込みに変換されておれを盲目にした。

その後、徐々に、音楽食堂がライブハウス化して行くにつれ、ミュージシャンを食い物にしているかに見えたその状況が、おれの知らない20年の間に出た一つの答えなのだと理解することとなった。


今は、ZERO、色堂、其々の店を、ライブハウスで育った忠義とヤマに凡そ任せている訳で、おれは、何とも言えぬモヤモヤ加減を心の何処かに些か宿したままでいる。

いや、しかし、ライブハウスという形態を取っている以上は、現状、そうして進行して行くよりほか生き残って行く術はないのだ。

そんな現況下にあったとしても、我が店は、精一杯、ミュージシャンの立場に立ち、出来る限りのことをして行かなければならないって考えるよ。

そして、ヤマ、忠義の両店長におかれては、けして偉ぶらず、謙虚さを常に携えて、自らの立ち位置を意識してって欲しいと思う。

 

人望なんてものは、そうしているうちに自然とついてくるモノなんでないかなぁ…。

 

おれがおれが…なんていう気持ちが先立ったり、自画自賛が目立ったりしているうちは大概が空回りする。

 

きっとそういうもんだ。

何処かの誰かみたいな、「おれが育てた」とかいう自画自賛は見苦しいし、「育てなきゃだめだろ」とかいう他所への批判もみすぼらしいよ。

 

育ててるつもりが育てられてたり、一緒に成長してる場合だってある。

 

つまりは、お互い様だってこと、自惚れんなよ…って思う。



まぁまぁ、なんだかんだで火災事故から丸2年。

音楽食堂創業からは15年も経とうとしてる。

何度も転んでは、その度に立ち上がってきた。

もういい加減平穏無事に生きたいし、自らの衰えの自覚により、今度転んだらもう立ち上がれないかも知れないなぁ…って考えるけど、それでも誰かに必要とされてると感じることが出来るなら、転んだ時には必死で立ち上がろうとすると思う…たとえ立ち上がれなかったとしても。

それに、一人で抱え込んでた感満載だった頃に比べれば、琴音ちゃんが作ってくれた歌のように、今は「一人じゃない」って思えるしね。

 

てか、もうおれの時代は終わったんだ。

 

これからは、みんなの力で音楽食堂を守ってって欲しい。

 

 

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