30年前の4月30日は JR北海道#標津線 が廃止された日。
標茶駅で釧網本線から分かれ標津町の根室標津駅で終点に達する本線と、 途中の中標津駅で左に分かれ根室市の厚床駅で花咲線に至る支線があった。
厚床支線は運行編成上逆になり中標津ゆきが下りになっていた模様。
末期はなぜかキハ40ばかりが入っていたが、キハ53 500番台やキハ54は入っていなかった。
厚床支線は原野が続くのみだから平成期の維持はまず無理だっただろう。 本線は中標津町は万単位の町だし現在の基準なら少しは残せた気もするがそれは政治的解決を見た場合の話であり、しかもそれを以てしても尚、平成一桁台すら難しかっただったと言える。最も現在廃止で揉めている路線の有様を思えば別だが…
廃止から30年。
民営化後、ましてや平成に入ってからの出来事だったからつい最近の話に感じていたが、その平成が終わる。
遺構は比較的状態が良いが、懐かしむ世代も格段に少なくなり今後益々公的資金を投じた維持管理が難しくなるに違いない。
JR北海道 標津線 厚床支線 奥行臼駅
平成元年4月30日廃止 昭和8(1933)年築
別海町有形文化財として木造駅舎を保存展示中(内部の公開は休止中のまま)
ホームは島式ホームとその外側に一線。
駅舎側のそれは戦前の貨物用のものを再現したものであり、廃止時には島式ホームの外側のみだった。
廃止数年前から既に無人駅 だった。 正面入口左の窓やホーム側事務室入口の戸などいくつかがサッシ化されていたが、古さを強調するためにわざわざ木造に戻され、あくまで国鉄時代を再現している。
JR北海道のステッカーはそのまま。



