今日の旅は門真南駅からはじまる。しかーし、複雑きわまる高速の交差が目指す稗島の方角を狂わせた。
古川端にたどり着くのに なみはやドームの周りを大分歩く。
古川の畔を進んで堤根神社に着く。素晴らしい桜の参道である。
この堤根神社と古川の間が、かつて仁徳帝が築いたとされる茨田(まんだ)の堤の遺構だというのだが、よく分からなかった。堤根神社の由来記には書いてなかったけれど、私はこの茨田の堤の築造に際し、人柱にされた人の霊をなぐさめるために創られたのが本社ではなかったのかと考えた。このあたりは巨木の多いところなのだが、それもこの堤に関係があるように思う。そしてその巨木が早くも神社内に顔を出していた。
このすぐ近くに稗島(ひえじま)の樟がある。高さ10m、幹回り7mの大木で大阪府の天然記念物となっている
。この稗島の樟がある三庄橋の付近は、この古川を使って大阪へ下航する起点(乗船場)となっていたそうで、つまりはこの古川こそ古代淀川であったということだろう。現 京阪電車の「古川橋駅」の名も このあたりに由来がありそうだ。
仁徳帝の御世 この古川を制することは、交通・流通の上からも重要だったわけだ。この古川を渡ったところに薫蓋樟(くんがいしょう)がある。
高さ30m 周囲12.5m 樹齢1000年以上というこの樟。巨木は巨木だが、巨木によく感じられるおどろおどろしさは少ない。むしろ「日立の樹」のようなあたたかみさえおぼえた。
説明文を見ると、やはりかつてより大分に暴風雨その他にやられて勢いをそがれてしまったようである。根元には「村雨の雨やどりせし唐崎の 松におとらぬ楠ぞこのくす」という千種有文 近衛少将の歌碑がある。「唐崎の松」とは、近江八景の件であろう。
薫蓋樟から北へ20分ほどで砂子水路へと到着。
残念ながら「自粛」のようで、水路の桜舟はやっていなかった。
桜を見ながら水路を南下し、天然温泉 門の湯に入ってからバスにて古川橋の駅へ出る。



