本日、うちの父が定年退職を迎えました。
とはいっても、11月6日で63歳を迎えるのですが。
高校卒業と同時に集団就職で北海道の美唄 から
出てきて約44年。途中一度退社して、子会社に
出向という形を取りはしましたけど、実質同じ会社
にずっといたような感じでした。
ずっと鎌倉にあるスリーダイヤの会社に勤めてお
りました。
小さいころはよく納涼祭にも行ったものです。
ある年はお神輿の後に、枡酒をみんなの掛け声と
ともに一氣飲みをしていて、その後トイレにて……
というのを偶然にも目撃してしまったのはかなりの
ショックでしたが…。
何はともあれ、心から「お疲れ様でした!」というのと
「ありがとうございました!」という氣持ちでいっぱい
です。
30歳の時に姉が生まれ、33歳で私が生まれました。
ずっと家族のために顔晴ってくれて、家庭を支えて
くれて…おかげで姉も自分も何不自由なく生活をす
ることができ、高校も大学も出してもらえました。
会社を辞めたいと思った時も当然あっただろうとは
思いますが、家族のために踏ん張ってくれた…
就職するまでは、尊敬する人を「両親」と答えている
のが何故かわからなかったですけど、就職してみて、
親の偉大さというのを切に感じました。
ずっと守ってきてくれた…やはり父の背中ってでかい
もんだな…と改めて感じています。
ただ、反面寂しさもすごく感じています。
きっと働いている父が好きだったし、家族を守って、
顔晴って働いている父を誇りに思っていたからでしょ
うか…今日でスーツ姿の父も基本的には見られない
だろうし…。
うちは母が夜遅くまで起きているので…って何かわか
らないのですが、ビデオ見たり、習字書いたりして…
朝起きてこないので、父が目玉焼きを焼いたりして、
ご飯ができたら私を起こしにきて(自分もまだ寝ている
時間なんですけど、一人で食べて出て行くのが子供心
ながらかわいそうに思っていたので)、一緒に食べて…
出て行く姿は玄関だったり、2階の廊下から見送ったり、
小さい頃は窓開けて見送ったりもしていましたね。
きっと父にとっては、明日から仕事に出ないという寂しさ
よりは、勤め上げたという安心感が勝っているだろうと
思います。
44年間サラリーマンに徹して、そして家族を養ってきたと
いう背中の重荷を下ろせてホッとしているのでしょうね。
そんな父を誇りに思うとともに、いっそう自分がしっかりと
しなくてはいけないという想いを強くいたしました。
何か書きたいことがうまくかけないけど…
帰ってきて新聞を読む父です。いい写真でなくて、父の
威厳にかかわるかもしれないけど…
最後の日に偶然にも実家に帰ってきていたので、最後
駅まで迎えに行くと言っていたのに、送別会で家までの
タクシー券をもらったから、途中で降りると運転手さんの
売上が減ってかわいそうだからって、タクシーで帰ってき
てしまいました…。
おかげで、最後のスーツ姿を見ていない…
(母は最後の今朝はちゃんと見送ったそうです)
おいおい…息子が最後に迎えに行くって言っていたのに、
念を押していたのに…
まぁでも、そんな人間くさいところも…いい父です。
自分でいうのもなんですが、父の人間くささはしっかりと
自分が受け継いだようにも思います。
何はともあれ…時は流れているのですね。
こういう日が来るとはわかっていたけど、何か実際に来る
ことはないような氣がしていましたけど…。
時が経つにつれて、得るものも多いけど、寂しさを感じる
変化というのも少なからずあるものですね。
