ぐるぐる不安が頭を巡って、考え事が止まず眠れない日々。

毎日を生き抜くのに必死で、限界を訴える自分の心を無視し続けている。

弱い自分を認めてしまったら、この毎日を乗り越えられなくなってしまいそうだから。

 「結局最後は自分で乗り越えなきゃいけない」

 「未確定な不安要素を考えても意味がない」

いつも最後には雑な答えを出して、どこまでも伸び続ける不安の枝をバッサリ切り捨てる。

そうして一時的に心を保つのだ。


でもいつだって根っこは取り除けない。

また日々降り注ぐ困難やストレスの恩恵を受けて枝を伸ばし、私の心を固く捕らえる。


それを丁寧に引き剥がしてくれる友人。

いつも本当に癒されるし、助けて貰っている。

不安に心を支配されず、本来の私でいられる時間。

私は本当にこの時間が大好きだ。

でも大切な時間からいつもの日々に戻る瞬間、その落差にいつも絶望する。

楽しい1日だったのに。

お前を育てるためじゃないのに。

そんなひとときさえ不安の肥やしにされてしまうなんて。


私はこのまま、不安に心を消費され続けるのだろうか。

こんなに毎日必死なのに、ただ消費されるだけなのだろうか。

なんだか急に悔しくなった。


なんの意味があるかはわからないし、何かの役に立つとも思えないけど、それでも私は日々の不安を書き残してみようと思った。

今の自分をここに残すことで、未来の自分に寄り添うことができるかもしれない。

願わくば、もうこんな日々は過ごしていないで欲しいけれど。


一人で日記やノートに書いても殴り書きにしかならなくて、あまり意味を見いだせずに辞めてしまっていた。

でも形だけでもSNS(誰かに見られるかもしれない)という意識を持って言葉を紡ぐことで、より自分の気持ちを整理したり深くまで考えられると思う。

いつかの自分に寄り添えたらいいな。

もしかするとこれを見ているかもしれない誰かにも寄り添えていたらいいな。