娘の体調が悪くなり、あれこれと過ごしているうちに、すっかりブログはご無沙汰になってしまいました。

自分や身近な人が病気になると
色々な事を感じる事が出来るんだなー
と思いました。

病気には、
自然治癒力により治る病気
切除などの治療で治る病気
投薬などの治療で治る病気
気長に病気と寄り添って行く病気
等があるんだなと改めて気付きまた。

娘は気長に病気と寄り添って行く病気
なので、退院後はお薬のバランスと
寄り添い方の調整をしている所です。

最近、少しずつ寄り添い方が上手になってきて、段段と行動範囲を広げられるようになってきました。

母親である私は、もう一度赤ちゃんからの子育てみたいで、何だかちょっぴり楽しんでいる感じです。

不安で、母から離れず、お母さん、お母さんと言っている時代から、安心感を得て、段段と少しずつ自分で冒険し出来る事が増えてくる。
それを繰り返し自立して行く。

そんな成長過程を凝縮して見せてくれている。
今迄、出来なかった事、気付いてあげられなかった事、もう一度チャンスを貰えたように思います。

19歳の娘、自立して行ったらもうチャンスは来ない、子育てが出来る最後の機会かなと思うと、味わって過ごしたいなと感じています。

幸い、娘も良い寄り添い方ができているようです。
そんな環境を下さった、病院、担当医師、療法士の方々、娘を支えて下さる友人、娘の所属事務所の方々に心から感謝いたします。


先日、あるセミナーで

雨は好きですか? 嫌いですか? それはなぜ?

それが楽しかったり、うれしかったことは無かった?

というワークを行いました。


私は雨は嫌いです。

なぜ? 

濡れるからです。

はねが上がるからです。

傘で片手がふさがってしまうからです。


楽しかったことは?

二人の娘がまだ小学生になったか、ならないかの頃

出かけた帰りにバケツをひっくり返したような雨

雨具は何もなし、

夏だったこともあり濡れて帰ろうということになり

とにかくプールに洋服のまま飛び込んで出てきたみたいに

3人ともずぶ濡れ。

キャッキャッと大騒ぎしながら帰宅して

床をビチャビチャにしながらお風呂に直行

楽しかった!!

今でも雨の話が出ると3人で楽しかったねと話題になる。


嬉しかったことは?

今まで主に車通勤だったこともあり傘には興味が無く

たいした傘を持っていなかった。

最近、電車に乗る機会が増えて

雨の日に何か好きな傘があったらいいなと思うようになり

お気に入りの傘を一ヶ月ほど前にやっと手に入れて喜んでいた。

いよいよ梅雨 雨の日にはお気に入りの傘を持って出かけるのが嬉しかった。


ワークを進めていくうちに はて?私は雨が嫌いなのだろうか?と思い始めた。

いろいろな物事は、その時 その時の視点によって変わるんだなー。

私にとっての雨は好きな時もあるし、嫌いな時もある。

他の嫌いな事、物なども 嫌いではない所もきっとあるんだろうな。


さて、そのお気に入りの傘 昨日も持って出掛けてました。

銀座を21時30分頃帰ろうと外に、既にモーレツな風雨

前からの風に気をつけながら50メートル程歩いた時

不意打ちに後ろから来た風にお気に入りの傘が・・・

傘の骨が3本ほどグニャっと・・・・・

台風の日にこの傘を持ってきたのが失敗と思いながらも

次のお気に入りの傘が見つかるまで

雨は嫌いな気がします。












ちょっと遅めの朝  洗濯物を干そうとしていたら

ピーン ポーン とチャイムが鳴った

どなたかしらと思い 出てみると

「ゴミ回収の者ですが、今日は燃えないゴミの日ですが・・・」

この地域は各家庭の門外に指定袋に入れたごみ袋を出しておく

事になっているのです。

ごみ回収の方は、ゆっくりと走る回収車に間に合うように

走りながら各家庭の前にあるごみ袋を回収してくださいます。

時に出会ったりすると

「おはようございます。ごみ回収していきます。」と

元気で気持ちよく声をかけてくださる。

そして今日、燃えないゴミは2週間に1回なので

ちょっと工事があり、少し多めに出た燃えないごみの

置き場所がなく庭の片隅に置いたまま

すっかり忘れていたのでした。


走りながらの道路からは気づかなそうな場所にもかかわらず

ごみ袋が見えたので、ひょっとしたらと思って と

お声掛けをしてくださったのでした。

2袋もあったので、助かりました。

沢山の家庭を回らなければならないのに

走っている車も止まって待ってくださり

ちょっとしたことに気が付いて

お声掛けしてくださったことが

とても嬉しいことでした。

忙しいときにも・・・ 忙しい時だからこそ

小さなことにも気づける人でいたいと感じました。








私の母も 主人の母も 

既に他界してしまったのだけれど

私自身が母の立場になってみて
母もこんなこと感じていたのかなー
と思えるようになった

思春期の子供たちの色々な問題を抱えていても

いつもニコニコとしていた母の内面は
迷いや 悲しみや 辛さ 困惑が

沢山あったのだろうな きっと・・・


好き勝手な事ばかりしている子供たちに

あなたの人生だからやりたいようにやればいいよ

と見守ってくれていたけれど

本当はハラハラしたり、心配で心配でヤキモキしたり


そんな勝手気ままな子供たちも

母の日にはカーネーション1本買って

いつもありがとうとプレゼント


子供の頃はそんな母の内面を知ることもなく

母に感謝していた

でもそれは どこかで母がそうしてくれていることが

当たり前という気持ちの隠れている

感謝だったような気がする


母である今 そんな子供の気持ちがわかっていても

「今日は母の日だ」という気持ちがあるだけで 

カーネーションのプレゼントは嬉しい


母が年老いて

私に頼り切っている母に寄り添っている中で

私の中で母と子との立場が逆転した日が訪れた


その頃には私も子を持つ母になっていたので

母はこんなに弱かったのか

母がこんなに心細そうにしている

頑張ってきた母がやっと少しは楽になれたのだろうか

となんだか母が愛おしくなった


でも母は最期まで母だった

痩せて 弱々しく なった母が

50を過ぎている私に

たくさん食べないと痩せちゃうよ

風邪ひかないようにちゃんとシャツ着てる

早く寝ないと明日起きれないよ

こんなことをいつも言っていた


私も歩んでいく年老いた母の姿も

しっかりと私に見せてくれた母

ありがとう。。。









昨日は主人のお誕生日でしたプレゼント

下の娘と私は日本メンタルヘルス協会の講座を受講後ダッシュで帰宅、自宅についたのは23時30分でした。
その時間からが我が家のお誕生会ですクラッカー

家族4人で焼き肉屋さんに行きワイワイ、ガヤガヤと昔話をしながらお肉をたーくさんいただいて


帰宅後にケーキに蝋燭を立てて、電気消してハッピーバースデーを歌い主人が吹き消してケーキカット後皆でまたまたいただきますケーキ


真夜中になんとボリューミーなって感じですねガーン


でも、我が家のお祝い事はいつもこんな感じです。
その日に家族が全員揃う時間から始めるんです。

今22歳と18歳の娘もお祝い事のある日は何とかやりくりして
家族の時間を作り出しています。
だから時間によっては自宅でケーキだけでお祝いすることもあります。

何もそんな遅い時間に無理してやらなくたって と思う方もいるかもしれません
でも、色々あってもいいなーと思います。
自分たちがやりたいからやる。

今、その時を楽しみたいからやる、我が家はそれでOKです。


ほんとに、ささやかなお祝いだけれど

あと何年続けることが出来るのかなーと思いながら


ああ、いい家族だなーと嬉しくなります。ニコニコ