最近、いろいろとお世話になっている土成町のTさんのご案内で、樫原神社の裏山にあると言う「暮石」に出会う探検に、パワ友さんを交えて3人で今日行ってきました
そもそも、この探検に行こうとなった切欠は、今月の3月31日に開催される「土御門ウォーク」の主催者Tさんに、「土御門上皇所縁の石が樫原神社の裏山にある
」ってな情報が寄せられたことがはじまり。。。
以前、僕ののちゃんが、蓮生寺のK住職から頂いた「土成町の史跡・伝説」という小冊子に、「暮石の松・明石の松」の情報が載っていたことを思い出し、さっそくこのブログを書くにあたって、少し紹介したいと思います。
11ページに。。。
『碁石の松・明石の姶松』
樫原神社の裏山中腹に碁石・明石という所がある。
大正七年発刊の土成村誌によると、ここに老松が2本あり、その下に方四尺位の石が2個ある。
土御門上皇が難を避け、この地に来られこの石に座られたので、この石を御座石(みくらいし)という。
後に世軽訛して「くれ石」といわれ、この松は「kれ石の松」と呼ばれたという。
また、一説によれば、上皇がここに遁れて日が暮れ一夜をこの石の上で過ごしたので、「暮れ石」という。
また、夜が明けて上皇が谷を隔てた山上に1本の老松を御鑑賞されたので、
これを「明石の松」ということが記されている。
そもそも、80歳を越える年配者が子どもの頃に登った体験情報らしく。。。ご案内して頂いたTさんも今日が始めての「暮石」探し。
午前9時30分ごろ、樫原神社に到着。 安全を祈願して、いざ本堂裏山へGOGOGO
ちなみに、この「樫原神社」は奈良の「橿原神宮(かしはらじんぐう)」と同じ、神武天皇がご祭神。
その奈良の「橿原神宮」より、創建はズ~っと、こちら土成の「樫原神社」の方が古い
道無き道を登り続け。。。僕ののちゃん、3人の中で一番、若いにも係わらず、「休憩お願いします」の連発。 最近、僕ののちゃん的に全く運動をしていないこともあり、ばて気味
しかし、この樫原神社裏の山は標高530mほどと、そんなに高くないのですが、舐めてました。。。まるで探検 胸のところまで草木で覆われ、行く手を阻んで、思うように進みません。 しかもトゲトゲのバラのような枝に手足、傷だらけ
探検リーダーのTさん、ナタで枝葉を伐採しながらの前進
はぁはぁ、言いながらもドンドン頂上に向け登りました。
もう、撮影どころでない僕ののちゃんでしたが。。。腰掛に丁度良い岩を山道沿いに発見
さらに30分くらい登った所で。。。進むのを諦めて、戻ることに。
目的の「暮石」らしい岩はなかなか発見できません
(写真)ちょうどお昼時でしたので、大きなモチノキの下で昼食。
リーダーのTさんのリュックからは、3人分の飲物とおにぎり 何も持ってこなかった僕とパワ友さんのために事前に用意をしてくれてた模様
すみません&ありがとう
(写真)とりあえず大岩前で写真。 この岩は目的の「暮石」ではありません。
結局、「暮石」は発見できなかったので、下山途中に、そこそこ大きい岩の前で記念写真を撮って、午後2時前に樫原神社に戻りました。
少し残念ですが、子どもに戻った気分でワイワイガヤガヤ、探検ゴッコできて、楽しかったです
樫原神社で、パワ友さんがの儀式をして、近くの民家へお伺い。。。
どこに「暮石」があるのか いろいろ聞いていくと、90歳手前の元気なSおじいちゃんが詳しいとのことを聞きつけ、会いに行くことに
(写真)土成町山ノ本にあるSじいちゃんの古い納屋。 いい感じです
いろいろ聞いた結果、すぐそばまで行っていた感じ。。。また再挑戦するかもしれませんが、今日はこの辺で「暮石」探しの探検は終わりに
途中、美しい春の風景を楽しみながら、樫原神社を後にしました。