哲学的なお話 | あ、そうなのね!!心が元気になる気づき【エッセイ】

あ、そうなのね!!心が元気になる気づき【エッセイ】

考え方やひらめき、大切な小さな気づき「あっ!そうなのね」を自分の言葉でエッセイテイストで伝えています。
仕事に、人生に、結婚に、恋愛に。様々な悩みを強みに変えよう!

少し前まで、よく考えていたことがあります。


「どうして生まれてきたんだろう。なんの意味があって、
私は私という肉体をもって、
人生を選んできたんだろう、
生きてるってなんだろう
(テリーとドリーみたい)」


私のパートナーは、いつでも私を温かく見守ってくれています。
こうした方が良いよ、とか、
こうしたら?とか、アドバイスはあまり言いませんし、
「聞かせて」と言わない限り、
自分の意見を私に話すこともあまりありません。
(他愛のない、普段の会話はたくさんありますよ^^)


私が、生きているってなんだろう、ってなやんでいても
「なんでだろうね」とふふふ、とほほえんでいます。


最初は
なんて冷たいんだろう、
一緒にかんがえてくれても良いじゃないかっ
メラメラ
と思っていたんですが
見守るっていう行動は、相手を信頼していなければ
出来ないと言うことに最近気付きました。


私のすること、いうことを、
そのまま受け入れてくれる人でもあります。



こう思うよ、こうするよ、こんなんだったよ。



「そう」「自分の思うようにしたらいいよ」
と、私の意見を尊重してくれるのです。
(初めは、冷たいな~と思っていました)


そして、その後、わたしがもしも
「失敗しちゃったな~」と落ち込むことがあれば
「次に同じ事をしなければいい」と
さらっと流してくれます。


失敗を失敗にしなければ失敗ではない、
ダメなことも、ダメでないように自分ですればいい
なんでも自分次第でどうにもなるよ
と教えてくれました。


彼が私に色々言わないのは、
私と彼が全くの別の人間だからだそうです。


生き方も、考え方も、思うことも
感じることも違うからそれを押しつけるようなことはしたくない
といつも言っています。


同じ物をみて同じような気持ちになるのであれば
それを共有すればいいし、
もし違うのならば尊重すればいい。
そういっています


昔は、なんだかとても寂しい気がしました。
一緒にいるのに別々だと言われている気がしたのです。



でも、生きているってなんだろう、
人生ってなんだろうっておもったときに、
私は、私がこの人生で学ぶべきことがあって、
体験することがあって生まれ落ちてきた。
私の場合は、自由を体験するために
とても心配性で、束縛のつよい両親の元を選んできました。


それから、私を自由にしてくれない
暴力をふるう恋人も選びました。


その時は、目の前の出来事を処理することばかりに
気を取られていて、その時の状況を
恨んだり、嘆いたりもしていました。


生きている意味さえも分からなくなっていたときに
今のパートナーに出会いました。
彼に言われたのは
全部自分で決められる」と。



自分で決断するという単純で
ものすごく責任のある行動を
私は取っていないことにその時に気づき、
衝撃を受けました。



まず、恋人を手放しました。
それから、こうで無くてはいけないと思っていたこと
たくさん手放してきました。


自分のハートが喜ぶ方に、
広がる方に、
ワクワクする方に
悲しい気持ちや、名残惜しい気持ち、
寂しい気持ちがあったとしても
その向こうに期待で膨らむ方を選択してきました。


色々と手放してきて、
体も心も楽になってきたら
色々と見えてきました。



私が生きているのは、私という人間を体験するためです。
私が自由を体験するため。
自己表現するため。
たくさんの愛を受け取り、
人生を豊かにするためです。


私の豊かさは、けしてお金だけのことではありません。
絵を描くこと、ものをつくること、
人と関わること、話すこと、見ること、
受け取ること、ありとあらゆるものです。


そこに人の物差しは入らないのです。
だから私のパートナーは自分の考えを
私に押しつけることはしなかったんです。


それが分かったときに、とってもあたたかく
満たされた気持ちになりました。



さて、あなたは何を体験するために
地球にうまれてきたのでしょうか^^
自分探ししていますか??





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