行為への報いではなく | 牧師室のブログ

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毎日、聖書の言葉と解説をお届けします。

テトス3:3-7 新約p 397(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)
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わたしたち自身もかつては、無分別で、不従順で、道に迷い、種々の情欲と快楽のとりことなり、悪意とねたみを抱いて暮らし、忌み嫌われ、憎み合っていたのです。
しかし、わたしたちの救い主である神の慈しみと、人間に対する愛とが現れたときに、神は、わたしたちが行った義の業によってではなく、御自分の憐れみによって、わたしたちを救ってくださいました。この救いは、聖霊によって新しく生まれさせ、新たに造りかえる洗いを通して実現したのです。
神は、わたしたちの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊をわたしたちに豊かに注いでくださいました。
こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。
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キリスト教の救いは、人間の行為によるのではなく、
神の愛と恵みによることを心に留める必要があります。
今日は、教会で記念会が行われます。
仏教では法事を行いますが、
これは、死者が冥界の王たちに審判を受ける時期に、
遺族が供養することで、審判がうまく取り計らわれるということを期待したものです。
最初は三回忌までだったようですが、いろいろな思想と交じり合って
増えて行ったようです。
キリスト教では、死者の霊は私たちの手の届かない、神の御手の中にあります。
私たちの何かの行為が、死者に影響を与えるという思想はありません。
私たちは先人の足跡や信仰を思い起し、
受け継ぐために記念会を開催するわけです。
今日の記念会に集う方々の祝福をお祈りください。



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