不安を取り除く | 牧師室のブログ

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毎日、聖書の言葉と解説をお届けします。

ヨハネ9:1-7 新約p 184(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)
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さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。
弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」
イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。
わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。わたしは、世にいる間、世の光である。」
こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。
そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。
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宗教の存在意義は何でしょうか。
それは、人の心に平和と救いを与えることにあります。
ところが、人の心を不安にさせることで、信仰に縛ろうとする宗教が存在します。
病気や様々な不幸の原因を、
先祖や自分の罪のためと、人を不安にさせるのです。
不安から解放されるために、その指導に熱心に応えていきますが、
結果、一つの不安が取り除かれても
別の不安を植えつけられていき、
負のスパイラルが起こってしまうのです。
イエスは「神の業」が現れるためと、他の全ての要因を排除されました。

イエスはあなたに平和を与えてくださるお方です。




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