なぜ生まれたの? | 牧師室のブログ

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毎日、聖書の言葉と解説をお届けします。

エレミヤ1:1-5 旧約p 1172(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)
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エレミヤの言葉。彼はベニヤミンの地のアナトトの祭司ヒルキヤの子であった。
主の言葉が彼に臨んだのは、ユダの王、アモンの子ヨシヤの時代、その治世の第十三年のことであり、
更にユダの王、ヨシヤの子ヨヤキムの時代にも臨み、ユダの王、ヨシヤの子ゼデキヤの治世の第十一年の終わり、すなわち、その年の五月に、エルサレムの住民が捕囚となるまで続いた。
主の言葉がわたしに臨んだ。
「わたしはあなたを母の胎内に造る前から/あなたを知っていた。母の胎から生まれる前に/わたしはあなたを聖別し/諸国民の預言者として立てた。」
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自分は何で生まれてきたのだろう。
耐え切れないと思うような出来事があったとき、
また人生を真剣に考えるとき、
この疑問はわいてきます。
聖書の答えは、お母さんのお腹に命が誕生する前に、
すでに「わたし」という存在を見ておられるのです。
神の計画があって、私という存在がある。
それが聖書の答えです。
では何のために私は生まれたのでしょうか。
ウェストミンスター教理問答にはこのようにあります。
問1:人のおもな目的は、何ですか。
答え:人のおもな目的は、神の栄光をあらわし1、永遠に神を喜ぶ2ことです。
(1) コリント1031、ローマ1136 (2) 7324-28
今日、一日が神を喜ぶ一日でありますように。



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