終わりよければ | 牧師室のブログ

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毎日、聖書の言葉と解説をお届けします。

ローマ4:17-22 新約p 278(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)
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「わたしはあなたを多くの民の父と定めた」と書いてあるとおりです。死者に命を与え、存在していないものを呼び出して存在させる神を、アブラハムは信じ、その御前でわたしたちの父となったのです。
彼は希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ、「あなたの子孫はこのようになる」と言われていたとおりに、多くの民の父となりました。
そのころ彼は、およそ百歳になっていて、既に自分の体が衰えており、そして妻サラの体も子を宿せないと知りながらも、その信仰が弱まりはしませんでした。
彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰によって強められ、神を賛美しました。
神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。
だからまた、それが彼の義と認められたわけです。
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日本の昔話の中には、おじいさんとおばあさんがいて
子どもがなかったが、不思議なことが起こり、子どもが与えられ
子どもが大活躍するという内容がいくつもあります。
聖書の中にも同様のパターンをいくつも見ることができますが、
アブラハムの場合は子どもよりも、本人にスポットが当たっています。
アブラハムの場合、神様が子どもを与えると先に約束されました。
しかし、なかなか実現しません。
彼の心に揺らぎや、それに伴う行動もありました。
けれども、最終的には信仰者、信仰の父と認定されたのです。

私たちも、信仰が揺らぎ、一見不信仰な行動をとることもあるでしょう。
けれども、最終的な姿を聖書は評価することに心を留めましょう。




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