生きている | 牧師室のブログ

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毎日、聖書の言葉と解説をお届けします。

マタイ17:14-20 新約p 33(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)
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一同が群衆のところへ行くと、ある人がイエスに近寄り、ひざまずいて、
言った。「主よ、息子を憐れんでください。てんかんでひどく苦しんでいます。度々火の中や水の中に倒れるのです。
お弟子たちのところに連れて来ましたが、治すことができませんでした。」
イエスはお答えになった。「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をここに、わたしのところに連れて来なさい。」
そして、イエスがお叱りになると、悪霊は出て行き、そのとき子供はいやされた。
弟子たちはひそかにイエスのところに来て、「なぜ、わたしたちは悪霊を追い出せなかったのでしょうか」と言った。
イエスは言われた。「信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない。」
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「一寸の虫にも五分の魂」という言葉があります。
どんな弱小なものにも、それ相応の意地や考えがあって、ばかにしてはいけないということのたとえです。
小さくても生きています。生きているということが重要です。
「からし種」は小さいもののたとえです。
けれども種は生きています。生命があります。
信仰の世界も同じです。
信仰の大きさが問われているのではありません。
信仰が生きているかどうかがです。
生きた信仰は、ここ一番のときに芽を出すことでしょう。


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