お久しぶりですね。
それなりに色々と忙しくしています(?)
まあでも、適度に遊びに行ってるからそうでもないのかな…。
まとめてお出かけで書こうかなって思ったけど、長くなったのでとりあえず一つだけにしました。
気が向いたら書くかもしれないし、書かないかもしれない…のかな。
 
ネタバレはあるかもしれないので、ご注意ください。
 
 
 
 
*いのちの未来+
高輪ゲートウェイシティで開催されている『いのち未来+』を観てきました。
 
大阪・関西万博のシグネチャーパビリオンのダイジェストみたいな感じです。
万博は行ってないしあんまり興味なかったのですが、電車の社内広告?(モニターのやつ)を見ていて興味を惹かれたので。
あと、映画(箱の中の羊)観たのも大きいですかね。
 
流石に映画とは違うだろうとは思うけど、今どこまで技術が進んでるのかとか気になりますよねニコニコ
(どこに特化するかとか用途が違うのでそこは別物)
 
 
50年後の未来の物語から続く1000年後の未来を、音声と映像メインで体感しながら
『いのちとは何か』の問いを求める没入体験型の展示でした。
 
50年後は……ギリギリ生きてるんじゃないかな(・・?
実際、どうなってるんでしょうね。。
 
一瞬で家の窓から見える景色や家のレイアウトを変えられたり、夢のなかでもリアルな体験が出来たり、
魔法の世界とかSFの世界を科学で表現してるみたいで夢がありますよね。
 
魂とかその人らしさがどこにあるか(脳か心臓か)って永遠のテーマだと思うけど、
技術的に扱えるのは脳(記憶)の情報だけってことなんでしょうね…おそらく。
 
でも本人が亡くなったあとに続くそれは、果たして本人なのかしらとか思うけどキョロキョロ
肉の身体を捨てたとして、いずれその人格を知る人がいなくなった時、
結局は他人に『命の終わり』を任せることになるんじゃないかな。
色々課題がありそうですよね。
そう考えると実用は難しいんじゃないかなとか思っちゃいますけど、どうなんでしょうね。
 
1000年後の世界は綺麗だけど……
目が合っちゃうのがちょっと怖かったです👀
動き終わって近くにいたミレニアムヒューマンの指先が動いてるのが、
人を模した演出上の動きなのか、構造上シグナルを検知するまで時間がかかるからその間の動作なのか不明だけど、
人間に近しすぎてもちょっと怖いなって個人的に思いました。多分前者かな?
(踊りとか指先を使う動作は人間も神経を使うので、付随運動みたいな形で勝手にちょっと動いたり震えたりしますよね。
それを模してるのかな。)
 

お久しぶりですね。
色々とそれなりに忙しくしてます。

ちなみに先日は悪役令嬢中の人展を観てきました。
あのシーンだなっていうのを表現されていて、
ちょっとうるっときたり、
まきぶろ先生や白梅ナズナ先生のコメントをみてニヤニヤしたり、
衣装やミニチュアが見れて満足でした。
例の香水はいい香りだと思いますが、
強い香りは刺激となって咳が出るので……
私にはちょっと強かったですね(だいぶ離れて見てた)

感覚派な友人いわく、今回は過去作品より分かりにくいし、
監督の作品は明確に答えはいつもないからと心配されたんですけど、
観終わった後に色々考えて自分なりの答え(明示されないから)
を探すのは、好きだけどなって思ってます。

明確な答えは読み取れなかったし、
すごくわかりやすいとは思わなかったけど
以下ちょっとした個人の感想です。
いつものようにネタバレを含みます。
ご注意下さい。



ーーーーーーーーーネタバレーーーーーーーー

*透明感
過去の作品を観たことないですが、
自然とか光の使い方とか配色の選び方とかが綺麗というか、
全体的に上手く言えないけど透明感があるなって思いました。
翔くん(ヒューマノイドの息子)もそうですけど、
わざわざ7歳レベルの知能に合わせてるというのもあって、
無垢な何も知らない無邪気な子どもに見えるシーンや、
ロボットだから人の思うような状況を汲み取った回答はしないとか、
そうなるだろうなって言う姿をそのまま撮ってる感じで、
純度が高いなって思いました。

*設定をほんの少し未来にするのが上手いな
ヒューマノイドは未来すぎるけど、
荷物を空から運ぶのは頑張れば届きそうな未来だし、
音々(母親役・綾瀬はるか)さんが
AIと一緒に設計図作ったり(共存したり)は、
どこまで出来るか不明だけどわりと今も近いことは出来そうですし。
もしかしたらそこまで遠くない未来にあるかもしれない
と思わせる何かがあるなと思います。

*タイトル回収と伏線
タイトルどういう意味?とはずっと思ってたけど、
星の王子さまの本を翔と音々が読んでいて、
どうして箱の中に羊がいるって分かったの?と言った質問があるんですよね。※仕込み方が上手いなとあとから思いました

あのときは純粋な問いかけだったけど、
ラストの箱の中にいたのは私(音々)だったってセリフで、
子どもを亡くした夫婦へのギフト(翔)ではなく、
翔へのギフト(価値観とか人とともに生活したことで得たもの)が
夫婦だったって意味だろうなとか。
必ずしもお互いの思う幸せは同じじゃないとか色々考えちゃいますね。

*ご都合主義にならない
亡くなった息子とヒューマノイドを同一視する音々、
なかなか受け入れにくく、
同一視しないようにと思いつつも息子の延長として見てしまった夫。
どっちも分かると言うか、ありそうですよね。
だけど、別人格として共に過ごす選択をする(叶うかは別ですが)、
って言うのが一番綺麗にまとまるのは勿論だけど、
SFだけどきちんと受け止めて現実的な答えを出していて
良かったなって思います

あの後彼らはどうなるのかなとか
未来を考えちゃうと難しいですけど…

色々考えるの楽しかったです。