出産後、脳室内出血について説明を受けるまでのことを書きたいと思います。
息子を出産した当日は夫のみがNICUへ息子に会いに行きました。
夫はNICUの少し暗くて、機械音が響く独特の雰囲気とたくさんの書類に圧倒され、帰ってきました。
私は翌日に車椅子に乗せてもらい、会いに行きました。
保育器チラ見せのときにはよく見えなかったので、ほぼ初対面。
片手で持てそうなくらい小さな身体や私の指より細い腕、身体中につながるたくさんの管
ごめんねという気持ちもありましたが、1日離れていたので、会えて嬉しい気持ち、ほっとした気持ちもありました。
NICUは部屋の温度が管理されているので、産後の私には暑くて、長くはいられず15分程で出てきました。病状の説明はこの日も夫のみが受けたと思います。
更にその翌日、生後2日目には私も先生から説明を聞きました。
このときに脳室内出血についても話があり、II度だと言われました。
少し不安でしたが、このときはまだ動脈管もまだ開いていたので、そちらの方が気になっていました。
余談ですが、動脈管開存症の説明のときに、先生がサラサラ〜っと心臓の絵を描いてくださり、夫と私は
お医者さんは絵も上手いのか
と盛り上がっていました
(たまたまその先生が絵が上手だっただけのようです、でも絵が上手くても理解してないと描けないでしょうから、やっぱりすごいんですが)
その後、出血は止まらず、生後5日目に脳室内出血Ⅳ度であることが説明されました。
脳室内出血は、脳室という部分に出血が起こることで、早産の子がかかりやすい病気の一つです。
脳には、脳みそと血管とお水(髄液)が入っていて、そのお水が入っている部屋が脳室だそうです。
Ⅲ度は脳室拡大が見られる状態、Ⅳ度は脳実質、脳みその本体にまで出血が及んでいる状態で、後遺症が残る可能性が高いとのことでした。
はる吉は脳室拡大はまだ見られない状態でしたが、脳実質までの出血が確認されたとのことでした。
今後の出血の状態や脳室拡大の様子を見ながら、治療を始めることになりました。
説明後、自分の病室に戻り、泣きました。
はる吉がお腹にいたときには、どんな子でも受け入れようと思っていたのに、ショックを受けている自分にも腹が立ちました。
この説明の次の日、初めて息子に触ることができました。
嬉しさ、悲しさ、色んな感情がこみ上げてきて、涙が止まりませんでした。
私は破水しても、早産になっても、泣かなかったんです。
泣いたら息子を否定することになってしまう気がしていたのかもしれません。
あるいは、平気な自分を装うことで、心の平静を保とうとしていたのかもしれません。
この日泣いたことで、やっと早産になった現実を受けとめたような気がします。