さあ、すっかり続き書く書く詐欺になっていた

「母になった日の思い出」の続きです。

 

前回まではこちら

「私が母になった日の思い出 その1」

「私が母になった日の思い出 その2」

「私が母になった日の思い出 その3」

 

さて、私と赤ちゃんの対面は

わずか1、2秒ほど。

赤ちゃんが生まれてすぐに

全身麻酔をかけられて、

縫合になったので、

そのまま麻酔で気を失ったのでした。

 

(というか、今書いてて気がついたんですけど

わたし息子との初対面の時って

お腹、開きっぱなしだったんですかね!!!)

 

 

そうして、次に目を覚ました時はもう病室のベッドの上。

たくさん体に管がついていて、

麻酔から目は覚めたけれど、疲れ切っていて、まだうつらうつら…。

 

そうしていると、母が病室にはいってきました。

 

「赤ちゃん、どうしてる?」と聞いたら

母は、「今は寝ているから、ね。また後にしましょ」

というので、私は再び眠りについたのです。

 

そうして、また再び目覚めたあとに

看護師さんに、赤ちゃんに会いたいのですが、と

言ったところで、またまた驚愕の事実を知ることになりました。

 

「あら、聞いてませんか?赤ちゃん、いないんですよ」

 

?!?!?!?!

 

え、今は寝てるからって母が言っていたのは…?

 

え、ちょっと待って、赤ちゃんは…?

 

頭のなかを、最悪のイメージが駆け回ります。

もしかして、、?

 

真っ青になった私に気がついたらしい看護師さんが

慌ててこう言いました。

 

「赤ちゃん、頑張ってますよ。

だから、お母さんも頑張ってください」

 

そう、赤ちゃんは生きていました。

けれど。

 

赤ちゃんは仮死産で生まれてきて

いきなり、あと数日が峠、と言われたのでした。

 

そのため、NICU(新生児特別治療室)に

入ることになり、

私が産んだ病院にはNICUがなかったため

別病院に搬送されていたのでした。

 

あとから聞いた話では

なかなか終わらない手術にドギマギしていた元夫は

 

赤ちゃんが生まれたという報と同時に

至急、救急車に乗ってください!と言われて

何が何だかわからないままに

財布だけひっつかんで

生まれて初めての救急車に乗ったのだそうです。

 

救急車のなかでは、生まれたばかりの息子との

感動的な対面…どころではなかったようで

 

何度も赤ちゃんの呼吸が止まり、

その度に、看護師さんが、赤ちゃんの足を

指でぱちんぱちんと弾いていて

心底恐ろしかった、と後で聞きました。

 

今思うと、まだ年若かった元夫は

父親になったはじめての出来事が

そんな救急車のなかで、

たったひとりで死にかけの赤ん坊と一緒だったのだから

さぞ不安だったろう、と思います。。。

 

 

そんなこととはつゆ知らず、私はその頃

ぐーぐー寝ていたわけですが(まあ、ぐーぐーというよりは

へろへろ、というほうがぴったりでしたが)

 

母は、術後でへろへろな私をみて

これ以上ショックを与えてはいかん!と思ったらしく

とっさに、「赤ちゃんが搬送された」とは言えなかったようで

適当ににごしたのだ、ということが、これまた後でわかりました。

 

 

術後数日は寝たきりで

ほとんど記憶がないのですが

 

ようやく動けるようになって

最初に言われたのは、

お乳を絞ってください、ということでした。

 

そう、子どもを産んだ後

最初に出る初乳のなかには

赤ちゃんに大切な栄養素が入っているということで

できるだけ飲ませたい、とのことだったのですが

 

なにしろ赤ちゃんは別病院。

というわけで、お乳を絞って

赤ちゃんのいる病院まで、元夫が運ぶことになりました。

 

そうして術後フラフラする体で

看護師さんに呼ばれた部屋には、

赤ちゃんを抱いたお母さんたちがいっぱい。

それなのに自分は

ひとりぼっちで、片隅の搾乳機でお乳を絞っていて

 

お乳を絞りながら、ぼろぼろと涙が出ます。

まさかこんなことになるとは。。。

 

でも泣いてばかりいられないのです。

だってわたしは、お母さんになったんですから。

乳を絞りまくって、赤ちゃんに飲んでもらうのです!

 

===========

 

…おそろしいことに、まだこの話は続きます。

本当に長いですね笑。

よほど驚いたようで、わたしもずいぶん昔のことなのに

事細かに覚えています。

 

(いつまでも話が終わらなくてほんとすみません!)

 

これが、赤ちゃんにお乳を運んだ保冷パック。

全然使っていないのに捨てられなくて、いまだに家にありました笑。

すごい年季…。