9822: ある一夏の思い出(黒部源流:上の廊下)その2 | 温故痴人のブログ

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 想い出の黒部源流

 

第二日目

 

  夕べの内に嵐のような一夜が明ける。

 

 昨日とは打って変わったような良い天気である。

 

いったい台風の影響はどうなったのか?

 

 天気も良く、若さも手伝い足どりは軽い。

 

昨日の苦しさはもう無くなっている。

 

これから黒部川の源流となる

「薬師沢の出合」まではズ~と下り坂である。

 

雨上がりの後であるため

足元はぬかるんでいるが心臓への負担は全く

無く快適である。

 

  鼻歌混じりの気持ち、

コースタイムを上回る速さで下りきると

そこは「薬師沢の出合」

 

 山歩きは

「これでなくちゃー」とすこぶる陽気である。

 

昨日の苦労は

どこへ行ったのか本当に現金な物である。

 

 薬師沢小屋がそこにはある。

 

余裕のある宿泊者は

源流で「岩魚」釣りを楽しんでいる。

 

臆病な癖にどん欲な「岩魚」

 

今日も何匹かはこんな釣り人の昼のおかずになってしまう。

 

  登山家は

一息着く事を「一本立てる」と言う!

 

我々は「二、三本立てた」後に、

いよいよこれからは黒部源流に沿って

しばらく沢歩きをしながら下る。

 

  昨日の雨による増水はもう見られない。

 

濁りもそれほど無い。

 

源流に近いため

この時点ではもう流失してしまっているのであろうか?

 

 沢歩きは余り好きにはなれない。

 

その理由は、

靴を履いたままで進むので登山靴の中は

「グチュグチュ」と実に気持ちが悪い。

 

更にいくら気を付けていても

川底の石は苔で本当に良く滑る。

 

本格的に沢歩きだけをするのであれば、

昔ながらのワラジを靴底に履くのが良い様である。

 

 夏の事でもあり

涼しい事は有り難いが、重いリュックを背負い

そのまま川の中にドンブラコは余りしたくない。

 

又こればかりでは周りの景色が変わらず、

濡れた身体を引きずり溝を這い刷り廻っている

「どぶ鼠」に成った気がする。

 

 これとは正反対に、

やっぱり山は頂上を極めて見晴らしがよく、

トップハンティングが良い。

 

「鷹」等の猛禽類の様に

雄大な景色をまるで空の上から眺めるような気持ちに

誰でも少しの苦労でなれる。

 

 夢の中に出てくる出来事がここにはある。

 

 雪渓を抱え込んだ高い山や

目も眩む様な切り立った崖、

「ドドド」と静寂の中でその存在を誇示する様な滝も

総て眼下に従わせ悠々と飛び廻れるのである。

 

  何と素晴らしい事であろうか?

 

昨日の雨の中では

本当に素晴らしいそのような景色にはまだ遭遇できていないが、

これからその出合を楽しみにひたすら黙々と歩き続ける。

 

  身体も足も

どうやら山に慣れて来ている。

 

汗のためもう身体の水分は

山の湧き水に変わってしまった様である。

 

  沢歩きからまた登りになる。

 

樹林帯の中から這い出すと、

そこにはこの世の物とは思えないような

素晴らしい景色が広がっている。

  

そのまま「木や草の緑色、雪の白色、空の青色」

目の中に飛び込んでくる。

 

 ここが、噂に聞いていた「雲の平、高天原」という

地上にある「天上の楽園」である。

 

 

足元は湿り気をたっぷりと含んで

見渡す限りに広がる毛足の長い絨毯のような草原、

対岸の「薬師岳」を写し捉えた

池塘と言う小さな池が点在し、その向こうには針葉樹の林と続く。

 

又、黒部川を足元に従え、

屏風の如く突然に「薬師岳」「奴っこダコ」の様に肩を怒らせ、

雪渓を白粉変わりに塗り込んだ姿で

こちらを見降ろす様に眺めている。

 

 圧倒される様なその肩幅、

その姿はいかにも雄大である。

 

 廻りを見渡すと

「水晶岳」(黒岳と言われる様に真っ黒で水がない)

 

「赤牛岳」(赤岳と言われ赤い)、

「三つ又蓮華岳」も後ろ遠くに眺められるが、

この場所はこれらのど真ん中にある盆地になっている。

 

  ここに立つと、

下界から全く切り放された

この世の楽園と言われるのが良く理解出来る。

 

 都会の雑踏から

隔絶されたこんな場所へ道路を作ったり、

ケーブルカー等の文明の欠片を僅かでも入れずに

子供達に「そのまま残したい」と思うのは、

これは山登りする者のワガママなのであろうか?

 

 ここを「尾瀬沼」の様に

誰でも簡単に足を入れる所にしたく無いとしみじみ思う。

 

  雲一つ無い青空の中、

まるで絵葉書の中に入り込んだ「ディズニー」の世界である。

 

 出来る物ならば、

切り取り持ち帰りたいとの想いは叶えられない。

 

心のネガに写し取り帰る事にする。

 

 この景色に出会った時に、

これが山に魅せられる始まりとなる事を予感した。

 

 この場所がいくら良いと言っても

ここで立ち尽くしている訳には行かない。

 

後ろ髪を引かれつつも前へ進む。

 

今夜はテントでの宿泊である。

 

  宿泊予定地には

赤牛岳の麓から湧き出している温泉がある筈である。

 

 今日の行程は

昨日よりずいぶん長いが足は軽い。

 

そこは混浴でもある。

 

こんな山の中で若い美人と・・・・?

 

僅かの期待に胸を弾ませ、二人とも急いだ。

 

  川のそばに、小屋が建てられている。

 

ここが今夜の目的地である。

 

しかし甘い期待は見事に裏切られた。

 

  一遍に疲れが出てきたが「クヨクヨ」していても始まらない。

 

熊笹を押し潰し

テントはどうにか建ち上がった。

 

  重い荷物の中から

あれこれと引っ張り出した物で、

いよいよ二人だけの野外「ディナーパーティー」の開幕である。

 

  食事の後は片付けも適当に、

まずは露店風呂で汗と疲れを取る事にする。

 

少し暑い目の風呂には

川の水をホースで引く様になっている。

 

(食事といい、これが彼女とで有ればどれ位素晴らしいものか!きっとHさんもそう思った事であろう、どちらもこの時点まだ独身である。)

 

  いくら待って居ても

うら若い女性どころか全く人が訪れる気配がない。

 

残されていた僅かな期待もはずれ失望は隠しきれない。

 

  しかたなくテントに潜り込み

入り口から頭を並べて外の景色を眺める。

 

神聖な大自然の中で

フシダラな考えをしたのがそもそもいけないのである。

 

  今から改めれば、

きっと明日の天気も我々に微笑むだろう。

 

又、

今日、体験した素晴らしい景色などを

話している内に眠りにつく。

 

 

2024.01:14  NO:9822