シータヒーリングの師匠が

 

「“ねばならない”というのは

自分を追い詰めて、疲れさせてしまいます」

とおっしゃったのを覚えています。

 

ねばならない、、を、

 

そうしても良い、と置き換えると

ずい分楽になるとのことでした。

 

 

こんな例もあります。

 

エアコンを付け替えることになり

業者の人が来るので

約束の時間に待っていなければならない。

 

・・・という人がいました。

 

約束した時間が近づくと、トイレにも行けず

我慢したそうです。

 

相手は、

約束の時間に着かなかったそうですが


トイレを我慢して、待ってるなんて

思ってもみなかったでしょうね。

 

彼女は

約束の時間に来なかったじゃない、

と怒りが湧いてきたそうです。

 

そして

トイレを我慢して、膀胱炎になったじゃない

と怒っておられました。

 

こんな例もあります。

 

相談されたら

アドバイスしなければならない、、、

というのです。

 

アドバイスしたことを

実行してくれないので怒りが湧いてきて

頭が痛くなったそうです。

 

あれだけ親身になって言ってあげたのに

という怒りですね。

 

相手はただ、話を聞いて欲しかっただけかも

知れません。

 

“きちんとする”を心がけるのは

良い事ですが

 

どこまで“きちんとする”のか、でしょうね。

 

シータヒーリングの師匠は

 

「 “ねばならない”・・・の塊だった私は

とうとう末期がんにまでなったのよ」

とおっしゃいました。

 

 

ねばならない、、とまでやると

確固たる決意のようですが

 

やりすぎると体は悲鳴を上げるようです。