世界の謎に迫るシリーズ
第13回目の今日は
『前の恋人の淹れてくれたほうじ茶ラテの美味しさの秘密に迫る!』

ほうじ茶の甘さを感じられる繊細さを
という題名のブログを書いた事がありますが、
わたしは、ほうじ茶が好きです。
とても。
玄米の粒が入っているのが、とりわけ、ごひいきです。香ばしいので。
だいぶだいぶ前のブログに書いたような気がするのですが、多分、多分、書いたのですが、
わたしはミルクで割ったものが好きです。マイルドなものが好きなもので。
白黒つけない 訳ではないのですが。

前の恋人が淹れるほうじ茶ラテは
とても美味しくて
自分で淹れたラテより各段に美味しかったんです。
その当時の彼への好意を 差し引いても。どうも、わたしのラテよりも美味しい。
淹れ方を見直して
煮出す時間を長くしたり
美味しくな~れと念じてみたり
けれど、なんだか、物足りない。
もっとまろやかで、甘くて


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ポットに向かって

おまえの持ってるぜんぶを出せ
出せ出せ出せ
もっと出せんだろうが

と、心の中で恐喝をしてみましたが
余計まずくなりそうなので
太陽と北風作戦に切り替えて
暖かい目でポットを見つめる。

そしてわたしは気付く。
前の恋人は、ミルクの中に直接ほうじ茶の葉を淹れて煮出していたことに。
わたしは、ミルクと温かいほうじ茶を割っていたのだと。
取り急ぎ仕切り直し、ミルクパンで
コトコト煮出す。
かき混ぜながら、前の恋人達の事を考えそうになるが、
過去はわたしの中での幻想。なんの力も持たない。と、諸行無常を胸に落とし込みながら、
ほうじ茶の甘さを感じられる繊細さを持ちながら生きて行けたら
今よりも1.5倍感謝して生きて行けるんだろうなあと、突然に、思う。
そして、日本語が味覚を表す言葉が英語の6倍以上あるという事を思い出し、日本語の美しさと繊細さに
ほ~~っと、なる。
わたしは、日本語を、愛している。
と、うんうん、頷いたりする。
苦さ、ほろ苦さ、えぐみ、甘じょっぱい、甘辛い、ほろほろ、辛さではない辛み。
ちょっとワクワクしましたね。日本語に。
そして、わたしは、よく考える思慮深さを養わないといけないと、感じています。左肘を複雑骨折した時のように、痛感しております。
今回のほうじ茶の淹れ方の事もそうなんですけれど、少し考えれば、気付きそうなものに、気付けない。そんな自分に、少しばかりの恐怖を感じています。
この間、目がすごく痛くて鏡を見たら、下まぶたの目頭の粘膜に、小さな穴があいているのを見つけて。ビックリして、もう片方の目を確認したら、やっぱり穴があいていて。痒くて爪で目をゴシゴシ擦ってしまっていたので、粘膜に穴を開けてしまったのだ!
と、思い、ほおっておいたら治るかなと、ちょっと不安になりました。
その夜、姉に、
ねえ、目の粘膜の内側に穴があいた事ある⁉最近目が痛くて、今日鏡で見てみたら、穴があいてたの…しかも両目…
と、静かに打ち明けると、

えっ…涙腺だよね。

と、これまた、静かなお答えが。

辺りが静けさに満ちました…
静々と流れゆく空気感…

ああ、日本語の美しさ。
静々と…。

後からネットで調べてみると、
正確には、涙点 というらしいですね、
あの穴は。

よく考えると、小学校の時に、給食の牛乳を飲んで、涙点から牛乳を出すというビックリ人間みたいな事をやる男の子がいたなあと。

ちょっと考えれば、直ぐにわかる。

明晰さと、冷静さと、繊細さを持ちながら生きて行けたらと、改めて思った、この頃でした。

映画、PiCNiCの、つむじ と
秋のつむじ風に 愛を込めて。











iPhoneからの投稿
突然、
昔とっても好きで、
何回も繰り返して聴いていた曲を
思い出した。
カジヒデキさんの
マスカット という曲。
YouTubeで聴けますが、
とってもポップな今日なので
就寝前には御用心。

あの時のわたしは、
渋谷系 って言葉を知らなかったのですが
小沢君とカジさんの曲が好きで
キューティ~ みたいな格好にも憧れてましたし
わたしは、渋谷系が好きだったのだなあと今日気が付きました。

あ~あ僕のマスカットエンジェル


親の敷いたレールは
カーテンレールだったから
それに乗ったわたしは
朝の7時に開けられて
100円ショップの、
花のモチーフのついた
カーテン留めで挟まれて
夜の6時に
カーテン留めから解放されて
閉められて
そういう毎日を繰り返している。
雨の日には、
シャッと、開けられて、
シャッと直ぐに閉められたりもする。
たまに、洗いたてのシーツがレールに乗ることもある。
ジメジメとしてたまらないのだけれど
二日ばかり、辛抱をする。
居心地の良いワンルームに免じて。
レースの小花のカーテンを付ければ
何かしらが良くなる
と、思っていたあの日。
取り付けて一年が経った事に気付いたこの日
この朝、この一瞬、また、過ぎ去った一瞬、
言葉が追いつかないこの一瞬。
青い空の土曜日に照らされて、
レースのカーテンにスカされた
太陽から、
熱、熱、熱。
スターバックスのコーヒーカップの中の
チャイティーのマグマが
ブクブクとたぎっている。
大好きな映画のワンシーンにくり抜いたクッキーを切らしている事に気付き
クリームパンとアンパンが共存する
透明な袋から、迷うことなく、
アンパンを取り出した。
チャイティーにはアンパン。
と、いう新たな、枠組みができた
素晴らしい日だと思った。
思想の自由、言論の自由、
を。
噛みしめる前に、アンパンを食べた。
どうやら、寝てる間に42.195キロほど、走ったのかもしれない。
この空腹感。この満足感。
わざと、かぁ~っと、アクビをしてみる。トラの赤ちゃんのように。
それを見たことは、ないのだけれど。
耳を澄ませば、隣のうちの子の、元気な笑い声。
ドタバタと走り回る音。
元気で、良い良い。どうぞ、お変わりなく、お元気で。

キャンドルの光に包まれたい。
次々と浮かんで来る余計な心配事を一つ、一つ、
炎にかけながら。今ある光に気付きながら。
前の前の恋人がくれた指輪の、
無限のループ。
前の恋人にあげた、黒革のパソコンケースの中に、潜ませた打算。
青空にさえズルさを映す。時もある。
180センチメートルの誠実を、
ヨガマットの上で育てて。
春、夏、秋、、冬が始まる前に、
優しさを蓄えて、冷え性の末端まで巡らせて。
愛は万能薬。
ふとともがもうちょっと細かったら格好良いので、お風呂で愛をすり込んだ。
ナンジュウなんインチだかの薄型テレビから、クリスマスの歌が聴こえる。
姉達が、ふたつの、新しい命を育てている。
わたしは、ただ、ウキウキして心待ちにしてる。真っ白な命。

今この一瞬を、丁寧に、大切に、生きる事しか、できない。
王様も、女王様も。わたしも、あなたも。
今この一瞬しかないのだ。
100m走を走るみたいに息切れするような、感覚。
この命の事を考えると、全てが作り物のようにも思える。
バリで、祈る 事を学んだ。願うのではなく。
祈っている人の横顔は、キャンドルの光のようで。
目で見たものしか、信じない。偏りの無い視力で。
わたしは、
確信している。これから何をするべきか。

わたしは、
はたしわ、
大きな引力によって立っていられるわ、わたしは。