相談に来る生徒さんのなかには、
勉強ではなく家庭環境に悩むひともいます。




大学受験となるとその原因の多くが親との癒着にあります。


幼少から親のいうことをよくきく「よいこ」は、
自我を持ち始めると親がよかれと思っていうことにも反感を持ち始めます。
しかし持ちつつもいいこではいたいから、その反感を溜め込み、
強いストレスを抱くようになってしまいます。

同様にその親も、ずっと自分の思い通りになることに慣れてしまい、すっかりその関係に甘えた状態になります。
それを続けると子どもが思い通りになるのが当たり前という錯覚に陥り勝ちです。


こうして双方から甘えてしまい、自立した人間像を見失ってしまうのです。
きのうはすっかりいそがしすぎて
ブログ書けずじまいでした…





秋も深まりましたねー

近所の高校で文化祭が開かれたのを聞いて、
もうそんな季節か…
なんてどっきりさみしくなったり。

文化祭特有の準備時間の楽しさや、
夜遅くなってみんなと歩いて帰る駅までの道、
当日の慌ただしい風や
終わったときむしょうに泣き付きたいようなこころは
いまこの瞬間しか味わえない、重くはかないものです。



勉強に夢中になる生徒さんほど、学校行事はないがしろにしがちです。


受験に限らず学問はすべて一日一日の積み重ねから成ります。
けれど一日一日の価値をみあやまるひとに今後広い道を歩むことはできないでしょうし、
一日二日の勉強で合否が分かれてしまう程度の学力なら
そもそも受験に十分な学力はなかったと思ったほうがよいでしょう。




いましかないものを大切に。

みんな学校へいって、学んで遊んで、
受験というくらい洞穴の一瞬のかがやきとして
大切にこころにしまっていてください。

けれどそんなきれいごとだけじゃないのが人間ですよね笑



やっぱり、基本情報なのにしっかり埋められない子とかいるんです。

なんど注意しても、本当の基本の氏名すら満足に埋められない。



緊張とか、あるいは油断とかあるんでしょうけれど

模試の問題どころか

それ以前のものがしっかりできない子がいると


やっぱりちょっと不安になります…



こんなことで大学生になれるの!?






数少ない関わりだし、

すごく独りよがりな統計ですが、


じつはそういう子たちには傾向があります。


高校のレベルが低いとかじゃなくて…


「名前」が、珍妙さんが多いんです。




原因は目下捜索中。


覚えにくいだけなのか、


それともそういう、最近話題の変な名前を付けてしまう親はDQN、という法則が成り立っていて、

DQNの子はDQN…なんて新たな標語ができてしまうのか。




なんなんでしょうか。



なんにせよ名前は基本中の基本。


試験の採点官に自己紹介をするつもりで、

ぜひていねいに書いてあげてくださいね。