今回の肺炎は、急激に悪くなる可能性のある肺炎の疑いでの緊急入院だったので、


親が呼ばれたり、遠方の妹に電話説明があったりと、


かなり「死」を意識した。



今年の春から東京で就職した息子と、


LINEや電話でお別れの挨拶までした😅



「死ぬこと」自体は、怖くなかった。


スピリチュアル の世界に興味を持ち始めて、


もう10年以上。


「死」とは、体という器から、魂が抜けていくこと


だと腑に落ちているから、


今晩死んだとしても、


「あー、寿命が来たのね」


と、思うだけだった。



「死」と同時に、新しい器に乗り換えて、


新しい人生になるのかも知れないし、


体を持たない存在になるのかもしれないし、


それはまだ私には分からないけど、


命日って、ある意味門出で、


新しい人生の誕生日でもあるような気もしている。


着ぐるみを、着替えるだけ?的な😅



あー、家片付けておけばよかったなー💦


とか、


うわっ😱遺影どの写真使われるんやろ💦


とか、


コロナ禍で、コロナじゃない肺炎で死ぬんかー😅


とか、


いろいろ考えた😆



死ぬことよりも、人工呼吸器で口を塞がれて、


自分の意思で言葉が発せない状態になる方が、


恐怖だった。


そういう姿で何年も生き続けていた母方のおばあちゃんを思い出し、


母には以前から、絶対に延命措置の為の人工呼吸器は拒否する旨、


もしもの時のために、伝えてきた。


一時的な、治療に必要な短期間ならまだしも、


一度つけたら外せないのが人工呼吸器。


「外すこと=死」になるから、


親は、外してくれなそうな気がしていて、


ドクターには、人工呼吸器拒否を


ハッキリと自分の意思として告げた。


親がなんと言おうと、本人が拒否してます!!


私の体、私の人生なんだから、


私が決める権利がある!!


決めるのは、家族じゃない!!



心から、そう思った。



引き止められて、繋がれて、ただ生かされることを、


私の魂は、望まない。


そんな状態で生きるくらいなら、


あの世に帰らせてくれ!!


と、マジで思った。



延命措置って、


家族のエゴなんじゃないかな🤔


本人は、望まないと思う。


だって、その状態、全然幸せじゃないもの。



逝かせてあげましょう!


その方が、その人にとって幸せなことです。




本人の幸せを1番に考えたら、


引き止めるのは、エゴだと思うんだよなー。




私は。




 

私の命です❗️


私が決めます❗️❗️



親の所有物じゃなーーーーーい!!!