いやー、一昨日は参りました。
2,3ヶ月前にもメンタルがドン底にまで落ち込んだことがあったんですけど、それがまたきたんですよ![]()
きっかけは仕事でミスしたことにより注意を受けたことが発端なのですが、またしてもキツかった!
私、子どもの頃から自己肯定感や自己受容が低いんですね。
周りからは明るい、いつも笑顔、優しいなどポジティブな印象に受け取ってもらえているし、私自身も自分のことはネガティブよりもポジティブな性格だとは思っているんです。
が、しかーし!
なにかミスしたり、それで注意を受けたりすると激しく打ちのめされてしまうんです。
普通だったら悪いところを改善していけばいいと自分と向き合い、また前には向かって進めばいいのでしょうけど、私の場合、改善すべき自分の悪いところを直視するとどんどん自分はなんて低レベルなんだ、とか。
いらない人間、とか。
誰とも関わらず、どこかに消えてしまえばいいんじゃないか、とか。
めちゃくちゃ地底の奥底に沈みこんでしまうんですよ。
子どもの頃はこれでよく自〇願望が芽生え、起きた時には心臓が止まってて欲しい、とか。
突然事故にあってしまわないかな、とか。
そりゃあもう周囲が見る私の印象とは真逆な思考、かつ、自分では出来ないくせに他人任せな終わりを切望していたんですね。
大人になったのでさすがに上記のような思考に陥ることはないし、『なぜ、その思考になったのか?』も学んで理解することは出来ます。
ひとえに、自己肯定感と自己受容が低いからどん底にまで落ち込んでしまうのですが、じゃあそもそもなんでそこまで低いのか、っていうのが今日の話しです(前置き長っ)
事の発端はこの前、実母と旦那が話していた子どもへのしつけに関し、2人とも「社会に出ると理不尽なことばかりだから、それへの耐性をつけるために理不尽な怒り方をする」で盛り上がっていたんですよ。
その時、母がぶっちゃけ話で「私もこの子(むつき)が小さい時にストレス発散で理不尽に怒っていたことあるわ〜。八つ当たりね」と笑いながら言ってて衝撃が走りました。
何かが弾けた感覚もあったかと思います。
え、なんてことをまだ幼い子どもにするんだ、と。
記憶にある実母はいつも怒っていて、いつ怒られるんじゃないかビクビクしていたし、明らかに悪いことをしたなら理解できますが、なんで怒られているか分からないことも多々あったんですね。
だから常に顔色を伺っていました。
だけど伺って、何とか怒られないようにしようと思うのですが怒られる。
本来なら家が安心できる場所なはずなのに、当時の私からすると安心してくつろげるどころか試練の場。
まぁ、今で言うところの毒親状態だったわけですよ。
当時の母は。
原因はクソ親父が仕事せずに好きなことばかりして母を経済的にも負担を強いていたんで、その精神的ストレスから子どもである私と妹へ理不尽な八つ当たりをせざるを得なかったと今では理解できますが、子どもだったためわけが分からない!
どうして自分はここまで強く当たられるんだろう。
どうしたらお母さんは優しくしてくれるんだろう。
と、思っていたものです。
だからこそ、家にいる時母がいる時はいつも緊張していた気がします。
前述の通り、顔色を伺いまくっていたんで。
そんな幼少期だったからか、家で安心できない分外で自分の居場所を作ろうとして八方美人なことをしていました。
誰かに自分を認めて欲しい。
好きになってもらいたい。
さびしい。
1人は嫌。
怖い。
誰か。
誰か。
誰か、私を見て!
思い返すと、私が創作活動をするようになったのはこの頃からです。
1番身近な存在で、守ってくれるべき、愛してくれるべき母親が毒親状態だったため、どうしよもない承認欲求に駆られていました。
自分を認めてもらうために誰にも彼にもいい顔をして、結果、空回りしたり奇行に及んだり消耗したりしていたなー(遠い目)
上記のはつい最近までやってしまっていたかな。
今はアドラー心理学や引き寄せの法則のおかげで自分軸をようやく意識することが出来ますけど、それでもまだまだ自己肯定感と自己受容が低いため、ちょっとしたことでも落ち込みまくってしまいますね。
これは今後も直していかなければ!
子どもへのしつけに理不尽も押し付けるやり方を話していた旦那と母へは、
「それをやると、私みたいなこじれる人間ができるよ」
と言ったら黙りました。
私がこじらせていると認められたようなもんですね![]()
って、ちょっとまてぃ![]()
(笑)
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