友人が亡くなってからもうすぐ8年になる。彼女は自分の居場所がなかったんだと思う。

 

日本からアメリカへ行き、ビザが切れる前の日にそんなに好きでもない人と結婚をした。

 

友人は旦那と一緒に数年は仕事をしていたが、旦那は甲斐性がない男で、それから働くことはなかった。

 

日本の実家にも彼女の居場所はなかった。

 

仕事でセールスの1番にはなったけれど、生活の為に働き、無職の時もあったが、相変わらず旦那が働くことはなかった。

 

そんな生活をずっと続けて、職場で出会った人といい仲になり、その彼(Aさん)は彼女の為に裁判までして離婚をした。結婚しようと言われたのにも関わらず、その間旦那と別居生活も繰り返していたが、結局元の鞘に戻った。

 

旦那は超オタクでパソコンばかりいじってて、自己啓発のDVDや本を読むだけで実行しない人だった。←ほんとにダメ男!キョロキョロ

 

いくら自転車の乗り方の教本を読んだところで、自転車に乗る行為を始めなきゃ乗ることは出来ない。

 

今までは旦那以外の人と外出をしていなかった彼女だったけれど、亡くなる前の2年間はAさんとのウォーキングやシュノーケリングなど飲みに出かけたり、好きなことが少しでも出来て、幸せだったと思う。イキイキしていたのはこの2年間だけ!

 

たまに私が遊びに行った時でさえ、私に対してもヤキモチを妬くような旦那だった。←私ならさっさと捨てる。てへぺろ

 

どこにも居場所がないのは辛い! Aさんに出会うまでは、職場が唯一の居場所だったんだと思う。

 

友人は誰かに認めて貰いたくて、自分の存在意義を見つけたくて、、、只々、我武者羅に働いていた。

 

癌の告知を受けた彼女は、「どうして私だけが、こんな目に遭わなきゃいけない」という想いと、どこまで私が友人に対して、思っているかを私の言動で量っていた。人を試すような言葉を言ったり、わざと傷つけるような事を言ったりしてね。本人も私を試したって言っていた。

分かりやすくと言うと、銃弾を何発も体で受けるようなもんですねぇ (笑)

 

だけど、人の愛の重さや形をはかることはできない。見えない「」をはかる為に、いろんな材料を持ち出して、他の誰かと比べながら自分の愛や、相手からの愛をはかろうとするんです。

 

相手が気持ちを受け止めてくれて、傷つける行為をしないのであれば、なぜそれを信じることができない!? 

 

自分の居場所は、自分の心が一番よく知っているのに、どうして素直になれないんでしょうねぇ

 

Home is where the heart is! 心あるところに我が家あり

 

彼女は結局一番好きだった人と一緒になれず、そのまま他界してしまった。

 

自分を信じて、相手を信じることが出来れば、良かったんですけどねぇ 

 

色んなことを我慢せず、自分で制限をつけずにいられたら、楽に生きられただろうに、、、

 

ものごとは、心で見なくてはよく見えない。一番大切なものは目に見えない」星の王子さまの本に書いてあったでしょう!? 

 

今日も1日、あなたの帰る家がありますように!照れラブラブ