両親が離婚後、父が仕事を辞めたいと、小学生の私に告げる。← なんでやねんっ!!!ポーンポーンポーン

 

「明日からどうやって食べていけばいいの? 学校にも行けなくなる。誰が働くの?」と親を諭す私。爆  笑

 

「お前達を児童養護施設に入れようかと思ってる」← 親父、うそだろっ!!! 滝汗滝汗滝汗

 

「はっ!? あのね。子供は親がいなくても、勝手に育つから」← 必死に抵抗! キョロキョロキョロキョロキョロキョロ

 

父が徹夜で朝まで帰らない日は、父からモーニングコールがかかってきていたが、私は一人で起きて電話に出てちゃんと学校に行っていた。ウインクウインクウインク 

なぜなら、いつ施設に入れらるか分からんから、お利口にしていなければならなかった。(大爆笑)爆  笑

 

小、中、高まで、周りの人に恵まれ、夕飯は近所の民生委員の人の家で、食べさせて貰うこともあったし、友達の家で夕飯を御呼ばれされることが多かったなぁナイフとフォーク

 

そのお陰で、色んな家庭が垣間見れて楽しかったし、色んな料理も食べることが出来たし、大人との会話も上手になった。(笑)

 

中学生の頃、友達の父親から「一万円札に描かれている鳥を当てたらあげる」と言われて、テレビ番組を見てちょうど答えを知っていた私は「キジ」と答えて1万円札を頂いたことがある。爆  笑爆  笑爆  笑

 

よそ様の家に行ったら、靴はちゃんと揃えて家に上がり、食事をテーブルに運び、食べ終わったら食器は台所まで下げて、「ご馳走様でした。美味しかったです」と伝えることが、習慣になっていた。

 

社会人になってからも友達の家で食事をする時は、家のマナーを聞いて、爪楊枝やティッシュが欲しいと言われたら、器や箱ごと差し出す。箸を置いてお茶を飲む時は、箸を縦に置かず、横にして置く。

元ヤンキーだった友達の父親は厳格な人だったが、友達のお陰で怒られることはなかった。食卓も笑いが絶えず、皆で腹を抱えて笑った。

 

シングルファーザーのお陰で、柔軟な対応ができるようになった私。(大笑)

 

学生時代にアメリカ人の家に招待された。

 

食べる前に食卓テーブルを囲んで、皆で手をつなぎお祈りをする!

 

それからご飯を食べるのだが、皿に、ポテトチップスとハンバーガーが出た時はびっくりした!びっくりびっくりびっくり

あまりにも食生活が違い過ぎて、、、皿にお菓子が盛り付けされているではないかっ! その家に行くと毎回、ポテトチップスが出てきた。← なぜ ポテチ??? 貧乏なのか? 手抜きなのか?

 

高校生時代に知り合ったアメリカ人の男友達は、車の運転が出来たので、夕方から男女のグループで遊びに出かけていた。赤信号で車が止まったら、青信号に変わるまで、車の周りを皆でグルグルと走り回って、追いかけっこをしたり、、、(笑)

 

真面目な高校生だったので、悪さはせず!← ほんとかよっ!!! キョロキョロキョロキョロキョロキョロ

 

周りの皆からよく言われた言葉は「よくあの家庭環境でグレなかったねっ!!!」← 確かに! 

 

それは、周りの友人が、賢い人達ばかりだったし、部活と毎日の生活に追われて、グレてる暇はなかった!

 

環境って大事です!!! 爆  笑爆  笑爆  笑

 

今日も1日、良い環境に囲まれて過ごしましょう!爆  笑爆  笑爆  笑