沖縄ってある意味では、日本の本土にいる私達から見た外国。沖縄の人が、本土を見ればそれも外国。他の国から見れば、日本でもあるし、島でもある。
アメリカ人が、日本へ来て”外人”と言われるように、私が沖縄に行っても、外国人のように”ナイチャー”と呼ばれる。出張で沖縄へ行って、”ナイチャー”って呼ばれて変な感じだった。”ナイチャー”って何ですか?って尋ねたら、内地の人、本土からきた人達のことを言うと説明を受けた。でもその中に結構年配の人がいて、ナイチャーと呼んで何が悪いって感じで言われて、嫌な気がした。その人の言葉から、怒りさえ感じられた。なんか同じ人種なのに差別された感じだった。
後で詳しく聞いてみたら、同じ人種でありながら、守るべき人達を守らずにいた兵士達。戦争の時にアメリカ兵がしたことよりも、日本兵が沖縄の人達にしたことのショックの方が大きいのは言うまでもない。その悲しみの傷がまだ残っている人達がいる。その話しを聞くと、同じ人種でありながら、軍人でありながら、人間として、してはいけないことの見境がなくなるまでにした戦争を恨む他ないだろう。その話しを聞いた後には、ナイチャーと言われても嫌われても仕方ないなっていう気にさえなった。
沖縄が日本に返還される前は、沖縄に行くのにもパスポートが必要だった時代があった。米軍統治下にあった沖縄、日本に返還された沖縄は、言葉も文化も習慣もある程度その統治下に従って、受け入れなければならなかった筈。でもそんな中、言葉、文化、習慣は変わっても、ただ変わらなかったのは沖縄魂だろう。
沖縄に訪れて感じた沖縄パワー。エネルギーに溢れ、元気さえ分け与えてもらったような気がする。どんなに環境や文化が変わろうとも沖縄の誇りを持って、自分たちの文化を継承し続けるエネルギーはどこか黒人達のゴスペル(魂の共感)に似ているものがある。
沖縄の人達は戦争によって全てを失い、明日への不安を抱える生活の中、三線や歌を心のよりどころにした。満足な楽器もなかった当時、配給物資の空缶に棒きれや木の枝、パラシュートのヒモなどを取り付けて作られたのが、カンカラ三線だそうだ。
約400年前、アフリカから奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人の人達。また彼等も沖縄の人達のように、そんな中から救われたいという想いから、歌い始めたゴスペル(黒人霊歌)。ジャズ、ブルース、ロックなど全ての音楽の根源(ルーツ)はゴスペルからきている。全く別の人種だが、どこか共通したところがある。マイナスをプラスに変える力強さだろうか?
出張で行った沖縄だったが、私はかなり精神的に疲れていた。気分転換に本屋に立ち寄り、ふと私の目に入ってきた、相田みつをの詩。そのタイトルは道。
道
長い人生にはなぁ
どんなに裂けようとしても
どうしても通らなければ
ならぬ道
というものがあるんだな
そんなときはその道を
だまって歩くことだな
愚痴や弱音は吐かないでな
黙って歩くんだよ
ただ黙って
涙なんか見せちゃダメだぜ
そしてなあその時なんだよ
人間としてのいのちの
根がふかくなるのは
この詩は私に訴えかけていたような気がする。頑張れ、辛いのは君ひとりじゃないってね。
沖縄魂を持った天使の仕業かな?
世界中どこの国に行っても、自分の育った国や地を愛してない人はいないと思う。いつしか、みんなの心が一つになり、平和と愛に満ち溢れた時代になれば、地球が丸いように全て丸くおさまるだろう。
今日も1日、いつも頑張っているあなたに、私は励まされる!頑張りま〜す!(^^)