「ガウディの物語」 Editorial Mediterrania 3の本に書かれていました。 

 

「あのスペインのサグラダファミリアを設計したガウディは、幼少の頃は学校の学習よりも、様々な仕事を通して得た知識の方がガウディにとってより重要でした。

 

ガウディの父親は、お金持ちと言われる人ではなかったので、彼は自分で働いて、学費を払わなければなりませんでした。

 

だからいつも色々な建築事務所で、仕事をしていました。

 

学校で教える理論上の事柄よりも、仕事はすぐに解決しなければならない実際の問題があり、ガウディは、一層おもしろかったのです。

 

ガウディは、子供の頃から遠足が好きで、野山を歩きながら周囲をつぶさに観察し、いつも自然から何かを学んでいました。

 

サクラダファミリアの建築は、他の建築家が始めかけていましたが、喜んで引き受け、すでに始まっていた工事の様々な箇所を修正をしたのでした。

 

1926年6月10にアントニ・ガウディは亡くなりました。サグラダファミリアで仕事を終え、通りに出た時、あまり注意をせず、通りを横切り路面電車にひかれたのです。

 

深い傷を負い病院に運ばれましたが、ガウディはあまりにもみすぼらしい身なりをしていたので、誰もガウディだとわかりませんでした。

 

その人がガウディと知った時、友人たちはクリニックに入院させようとしましたがガウディはそれを拒みこう答えました。「私のいる場所はここにある。貧しい人々の間に

 

いい話ですねぇ〜 

 

いつの日か、サクラダファミリアの鐘が鳴り響く音が聞きたいなぁ〜

 

今日も1日、良いことがおこりますように!