二十歳の頃、人生初の海外旅行に行ったアメリカは日本と世界が違い過ぎた。
ニューヨークではノース・ブルックリンから、今はもうないツインタワーが見えた。
ヒスパニック系の人達と過ごした数日間、屋外での飲酒は禁酒なので、茶色い紙袋にビールを忍ばせてストローで飲み歩き。
夜の公園内でホームレスの女性が別のホームレスから暴力を振られているのを見て、「助けよう」と言ったが、関わらない方がいいと言われて素通り。
車で走行中、「ドドドドドド〜〜〜〜」と何やら外から音がした瞬間、皆は頭を抱えて下げる。私だけボウっと座っていた。
機関銃を乱射したのかと思ったらしい。私には工事用ドリルでコンクリートを砕くような音にしか聞こえなかった。![]()
KFC(ケンタッキー・フライドチキン)の店のカウンターは防弾ガラスで覆われ、真ん中には四角い透明の箱が回転するようになっていた。支払いと食べ物とお釣りは回転式の箱を通して受け取る。そこへ筋肉ムキムキのホームレスが私のお釣りを狙って追いかけてくる。
初めて身の危険を感じた。走って車に乗り込み、追いかけてきたホームレスに一緒にいた友達が暴言を吐いたから、車に唾を吐きかけられる。![]()
家の鍵などは絶対にテーブルの上に置かない。地下鉄に乗る時には宝石も腕時計も全て外し、カメラは取られないようにストラップを手にぐるぐる巻きにして持つ。自分の身は自分で守るが鉄則!
次に行った場所はロスアンゼルス、夜8時でも明るく人通りがあったから、人の多い方の道を歩いていた。太っちょのおばちゃんがショッピングカートを引いて歩いてたから安心と思っていたら、そのおばちゃんはホームレスだった。あんなデブのホームレスは日本で見たことがない。お金をくれとカツアゲされそうになったが、無視して立ち去った。(笑)
ホテルのフードコートで買ったピザを外で食べようとしたら、ソーダを溢した。新しいソーダを貰いに行った隙にハトが私のピザに群がっているではないかっ!!! この国は鳩も飢えているのかっ!!! 優しいピザ屋のおじさんは私に新しいピザの一切れを恵んでくれた。![]()
ロスで知り合った現地ツアーガイドのおいちゃんは日本人! 私が一人旅をしていることに感心し、客のお迎え用のなが〜〜いリムジン車を運転させてくれた。夜は無料で夜景を見に連れて行ってくれたというより、私がおいちゃんの自家用車を運転してグリフィス天文台(ジェームス・ディーンの銅像が設置してある)に行った。夜景がとても綺麗だった。なぜ隣においちゃん!?ジェームス・ディーンの銅像がせめてもの救いだった。(苦笑)
そのおいちゃんに、今は無理だろうけど、いつかお金が貯まったらホテルのスイートルーム(当時、1泊30万から40万)に泊まるように約束させられた。当時はその意味がよく分からなかった。そんなお金があるなら、そのお金で別の国に遊びに行きたいと思っていた。それから何年もかけて数十カ国を周った私は、そのおいちゃんとの約束通り1泊27万円もするホテルへ泊まった。
そこはドバイの「ブルジュ・アル・アラブ・ジュメイラ」ホテル!
なぜっ!?て、癌で亡くなった友達に腹が立ち、友達が体験することのなかった超高級ホテルに一人で泊まった。その前日は、砂漠の真ん中でテントに泊まり千一夜体験!
腹ダンス(ベリーダンス)を見たツアー客は皆ホテルへ戻って行き、屁こきツアー客もいないし、静かでゆったりした時間を過ごすことが出来た。テント泊は私一人だったけど、ちゃんとガイドが一晩中どこかにいてくれてたから安心だった。テント泊での夜空の星はまるで宝石のようだった。空気も澄んでいて、砂漠の朝焼けは必見!
腹ダンス!
今を満足できる人は、場所が変わってもどこでも満足できるもんなんだなぁ〜
必ず朝が来るように、どんなに辛い日々でもいつかは終わりが来る。”朝の来ない夜はない”
超高級ホテルに泊まったら、自分自身の人生に感謝できます! 海外の高級ホテルでなくても、国内ホテルの豪華な部屋でも非日常感を味わうことはできる。
ちなみに上の写真のデザートは、ランチの皿にシェフのクルクルのカーリーヘアー(腕毛)が入ってたから、ホテルからサービスで出してくれたデザートです!(大爆笑)
お詫びとして、持ち帰り用のチョコレートの詰め合わせとバラの花を1本くれたので、バラは空港のトレイ掃除をしていた人にあげた。その人は満面の笑顔で大喜び! カーリーヘアー1本が、1万円相当に化け、トイレ清掃員を幸せにさせた。(笑)


