さあ、いまから部屋の掃除だ。
2週間に一度、僕は部屋を掃除する。
これは強制力が働いている。
なぜなら明日は鍋の会だからだ。
部屋をきれいに保つには人を家に招く
のがいいとは聞いていて知っていたが、
ほんとうにそうである。
我が家がきれいに保たれているのは
確実に鍋の会のおかげである。
自分の心を整理整頓しておきたかったら
他人を自分の心のテリトリーのなかに
招き入れることかもしれない。
そうすることで捨てるものと
とっておくものがわかったりする。
なにお前こんなもの大事そうに持ってんだよ。
そんなのいらねえよ。
このような客観的な意見も大事。
そして、「いや、お前はわかっていない。
これはこうこうこうゆう理由で大切なんだ。
だから俺は捨てずにとっておくんだ。
そして、大切だから今日から毎日磨くんだ」
なんてことにもなるだろう。
これだって、他者が介入しなければ、
そういう胸中に到達することはあまりない。
自分の大切にしている価値観が
明確化される。
自分ひとりで明確化しようったって
むずかしい、むずかしい。
凡人にはなかなか出来ることではない。
タバコをやめるのだって、他人の手を
借りたり、禁煙補助具を使うだろう。
禁煙の本を何度も本屋で買うだろう。
図書館で借りる人もいるだろう。
そう。何かをやろうって時には
いろんなサポートを利用しない手はないのだ。
それをしないというのは、あなたのおごり以外の
何者でもない。
ぼくらは凡人なのだから。
もし、あなたが自分は凡人ではない。非凡だ。
そうお思いならば、よかったらその非凡さを
僕に教えてください。
僕は非凡な人の話を聞くのが大好きだから。
別にそんなことしてもらう権利を僕は有して
いないけれども。