先日、駅でベンチに座ろうとしました。


空いている唯一の席に小学生の子どもが
カバンを置いていて座れませんでした。
私はその小学生に声をかけました。


「ぼく。かばんどかしてくれるかなあ?」


しかし、その小学生は私の声が聞こえていない
かの如く動じず、読んでいた塾のテキストから
目を離しません。


すると隣に座っていた母親らしき女性は、
何も言わずにカバンを取り、子どもは相変わ
らず勉強を続けていました。


私が親だったらどのような態度をとって
いただろうかと考えました。


私だったらおそらくこんな風に言ったと思います。

まず、「おじさんが来てるよ」と声をかけます。
それでも子どもがカバンをどかさなかったら、
「ほら、どかさなきゃ迷惑でしょ」と。


勉強も大事ですが、しつけや、人に迷惑をかけ
ないための心の教育も大事だなと思わされた
出来事でした。

「認知行動療法」という考え方をご存知だろうか。


考え方や振る舞いのスタイルを変えることで、
積極的に問題を解決する心理的技法です。


本から抜粋してみます。


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●振る舞いと考え方の修正を治療の対象とする

クライエントは、行動や情動の問題だけではなく、
考え方や価値観、イメージなど、さまざまな認知的
な問題を抱えている。行動や情動の問題に加え、
認知的な問題をも治療の標的とし、これまで
実証的にその効果が確認されている行動的
技法と認知的技法を効果的に組み合わせて
用いることによって問題の改善を図ろうとする
治療アプローチを総称して認知行動療法と
いう。
問題点を整理することによって、クライエントの
自己理解を促進するとともに、問題解決能力を
向上させ、自己の問題をセルフコントロールしながら
合理的に解決することのできる力を増大させる
ことをねらいとして行われる、構造化された治療法
である。
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人が悩むという場合、個人のものの考え方や
見方によってずいぶん違う。


同じ出来事があったとしよう。


A君は、起こった出来事は起こっちゃったの
だから、仕方ない。甘んじて受けよう。
そう言って、次の対策を立てはじめる。


B君は、こんな出来事が起こった原因を探し
はじめる。誰が悪いんだ?そうだ、あいつが
悪いんだ。そこからそのあいつとやらを
文句を言ったり、恨んでみたり。
そして、対策の行動は起こさない。


そんなふうに人によって同じ出来事が
起こってもまったく違うのだ。


これがおおざっぱに言った認知の違いである。


認知行動療法では、歪んだ(どこを歪んでいるか
歪んでいないかの境目とするかは難しいが・・・)
ものの見方を修正していき、行動も修正して
いこうというものだ。


認知行動療法は、色々な場面に用いられる。


気分障害や抑うつ、強迫性障害、摂食障害、
アルコール乱用、あるいは学生相談。


人それぞれ、ものの考え方が違う。
悩みを抱えているときは、他人とその感情を
共有したり、会話したりすることが大切だと
思う。
そのなかで、自分の持つ考え方や価値観の
クセに気付き、他人の考え方のなかから
いいものは盗み(真似をする)、自分が
好ましいと思っていない自分の考え方を
修正することが大切であり、問題解決の
糸口になると考える。


そのためにも人と人が出会い、つながる場が
必要と感じて仕方がない。


今日は、ものの見方は偏っている話でした。


早稲田大学大学院人間科学研究科で
坂野先生の認知行動療法の講義を
受けていた頃が懐かしい・・・。
坂野先生はいまは北海道に行ってしまったが。


参考
『臨床心理学キーワード』坂野雄二編 有斐閣
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4641058695

『認知行動療法』坂野雄二著 日本評論社
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/453556017X

認知行動療法とは
http://hikumano.umin.ac.jp/cbt_text.html


PS
昨日の夜中は、Tシャツ6枚にアイロンプリントをした。
って私がやったんじゃないけどね・・・。
ロゴはオンリーワンクルー(カタカナで)。
なかなか素敵な色づかいである。
Thank you wさん!
もちろん他の方も夜遅くまでおつかれさまです!

2006年11月5日

今日は大学時代所属していたサークルの
卒業以来はじめての大規模な集まりに
行ってきました。
今日は参加者が40名以上でした。
色々な代のOB、OGが勢揃い。


その名はUEC(ユーイーシーと読む)という
法政大学の英会話サークル。


現在のHPはこちら。
http://www.geocities.jp/ny_c_911/


私は、大学2年の9月頃に入部しました。
当時、外国に行くことに憧れ、入部。
最初は、英語の発音A、B、Cから先輩
部員にみっちり教えてもらい、その後、
5分間くらいの英語での演説の練習。
これが英語の発音の基礎を形づくって
くれたと今でも感謝している。


そして、2月にはじめての海外。
行き先は何と言っても世界の中心地
(と当時は思っていた)ニューヨーク。

約3週間の滞在。


初めてアメリカ人の家庭に足を踏み入れ
それはそれは、緊張したのは懐かしい思い出。

初日に会ったアメリカの女子高生と何を
話せばいいのか・・・というか、英語がそれほど
しゃべれないので作り笑いと苦笑いの連続で
一緒にアメリカのテレビを見ていました。


見るものすべてがアメリカン。
刺激的すぎる毎日でした。


と、まあそんな外国での生活を経て、
日本に帰ってきた私は何かが大きく
変化していたのでした。


という訳で、今でも誰かが外国に行こうか
どうしようか迷っているとすかさず「絶対
行った方がいいよ!」って余計なお世話で
声をかける私が存在します。


今日は10年振りに会う仲間とも会えて
なんだかとっても楽しい時間を過ごしました。

みんなありがとう!


関連URL 法政大学 http://www.hosei.ac.jp/


こんなサイトもあるんですね。
「みんなのキャンパス」 http://daigaku.nikki.ne.jp/


と、まあ今日は学生時代ネタでした。


さあ、明日からまたいっちょ頑張りますかね。

西東京市での市民の声を集める取り組みのご紹介です。

インターネットモニター制度をご存知ですか?

以下、西東京市役所のホームページから抜粋。
http://www.city.nishitokyo.lg.jp/topics/kikaku/kikaku/internet_monitor/index.html
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市では、市政の課題等についての市民の意向を迅速に把握し、
政策に反映させるため、インターネットモニター制度を試行します。
 今年度は、「東大農場」をテーマとします。皆さんのご意見をお聞かせください。

インターネットモニターの概要
▼人数 50人
▼モニター要件(以下の全てを満たす方)
(1)18年4月1日現在18歳以上で、市内在住又は、在勤・在学の方
(2)市政に関心があり、協力の意思をお持ちの方
(3)公務員でない方
(4)インターネットのブラウザ閲覧及びメール機能を日本語でできる方
▼モニター依頼期間 依頼する日からその年度の末日
▼モニターに依頼する役割
(1)市政に関するアンケートの回答(期間内に3回程度予定)
(2)市政の課題に対する意見の提出 など
▼アンケート、意見提出の方法 インターネットを利用したアンケートの回答及び意見の提出
▼謝礼 全アンケートに回答の場合500円相当


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他のまちでの取り組みはこちら。

静岡県や栃木県のインターネットモニター制度の概要はこちら。

http://www.pref.shizuoka.jp/a_content/info/e-monitor.html

http://www.pref.tochigi.jp/kensei/sonota/kocho/h18monitor.htm

その町に住む方々の生の声を政策に反映していくことは、大事なことだと
思います。

私事であるが、10月20日に男の子が産まれた。

そこで思うのは、親から子への愛情である。


子どもを育てていく上でそれはいつだってあるだろう。

しかし、子どもは親からの愛情を感じられない場合がある。

親からすれば「言わなくてもわかるだろう」の世界。

親にとっては「自明の理」というか、当たり前過ぎること。

しかし、子どもの側はそんなことまったく「当たり前ではない」

ここに意識の差があり、すれ違いが生じる。


私が勤務していたひきこもり青少年の施設でも「自分は親に大切に思われてなんかいない」とか「こんなダメな私なんて・・・」という声を数多く聞いた。

「あなたを大切に思っている」なんて言葉に出しては普通言えないものである。

照れくさい。言うのははばかられる。

ここのあたり日本人は苦手分野だろう。

欧米人は「I love you, Tsuyoshi」なんて歯の浮く言葉を平気で口にしたりする。

時には彼らの直接的な物言いに学ぶべき点もあると思う。


面と向かって言えないそんな時に活躍するのが、他人の存在である。

すなわち自分の親以外の大人。

子どもはよその家の大人と接するなかで「へぇ、おとなってこんな風に思っているんだ~。意外だったな~」とか、「大人って大したことないんだ。自分と同じでダメなとこあんじゃん」とか「いやぁ、おとなってすげえな。勝てねえや」とか「まじこんな大人にはなりたくない」とか、いろいろ感じるものである。


そんな家族以外の大人との交流、ふれあいのなかで気づくことがたくさんある。

昔の日本にあった大家族社会には、父親、母親、姉、兄、祖母、祖父、義姉、義兄などたくさんの大人のモデルがあったし、親の言っていたことの本当の意味を教えてくれる回路があったり、ガス抜きの装置があった。


今の核家族にあるのは、閉塞感や息苦しさである。


他人という風は家庭に予想外のいいことを運んできてくれる。


「家庭を風通しよくしてみませんか?」である。


他人の家で夕食を食べたり、お泊りをしたり。

そんな小さなことが子どもにとっては大切なのである。

いや、大人にとっても大事なのかも知れない。


そんな社会に子どもたちの問題を解決するヒントが隠されていると思う。

今週10月22日(日)は、オンリーワンクルーで
読書会を開きました。


前回に引き続き「生きる意味」の第7章を
みんなで読みました。


参加者が少なめだったので、じっくりと
話し合う感じでした。


今回出てきた内容としては、


親切とおせっかいの違い
仇討ちとしてのワガママ
我がままとワガママの違い
恥の文化の縮小化傾向にある日本人
誰も見ていなくてもご先祖様に恥ずかしい

などなど。


こんな風に書いてもおそらくわからないと
思いますが、興味を持った方は、
上田紀行著「生きる意味」を手にとって
みてください。

図書館にもあると思います。


次回読書会は、11月23日(祝) 午後2時~5時


 課題の本は、特に決めず、参加者が各自、
自分の好きな本を一冊持ってきて、その本の
どこの部分が「好き」だったり、「おもしろい」のか
を話しながら、本のつまみ食いをしながら
意見交換、議論をしてみたいと思います。


他の人がどんな本を持ってくるのか楽しみです。

もちろん、本を持って来なくても参加できます。
いろんな人のオススメの本を見るのも一興では?


今回の読書会と21日に高さん率いる高尾山登山の
報告ページを作りたいのですが、なかなか
時間がなく、もう少しかかりそうです。
みなさん、すいません。


涼子(妻)が出産後しばらく留守で、掃除や洗濯をするのが、
大変な毎日を過ごしています。

「不安」について書いてみようと思う。


まずは、「不安」とは何かの定義から。
辞書によると「こころが落ち着かないこと」とある。
類語:心配 対語:安心 
例)不安な気持ちで試験の発表を見に行く


不安だから行動できないという人がいる。
かく言う私も人生における大きな決断のとき
には不安が伴う。


私のお世話になっているある会社社長にこんな
質問をしたことがある。


「悩んで身動きがとれなくなることがあると思うの
ですが、社長はそんなときどうやって対処されていますか?」

すると、おおよそこんな答えが返ってきた。


「いいかい、鈴木君。その時その時のあるがままの
気持ちで、今やらなければならないことを気分に
左右されずにする。それが大切なんだ」。

その瞬間、私は「口がポカン」と開いたままだった。
しかし、その後、
その意味を何度も何度も考えるた。すると、いかに
含蓄のある言葉であるかが徐々にわかってきた。


「気分に左右されずに」という部分に特に目から鱗が
落ちた。なぜならそれまでの自分は気分を優先して
いたからだ。


気分を優先するからダメなんだと、キッパリ言われた。
正直落ち込んだ。


人は何かをやりたい、と思う瞬間がある。
次の瞬間、ほとんどの場合、目の前に大きな壁が
立ちはだかり、不安に襲われる。


そこで「不安に左右されずに行動できるかできないか」

やるにあたって湧き上がる「不安」を優先せずに、
やりたいと思った「気持ち」の方を優先する。
少々ややこしいが、そういうことだと思う。


先の例で言えば、「不安」という気持ちを優先せずに
行動するということ。


卑近な例で申し訳ないが、こんな例はどうだろう。


朝、起きる時間に眠くて、まだ寝ていたいとする。
その時、起きたくないという気持ちに左右されずに
「エイヤーッ」って起き上がる。


眠い目をこすりながらも、熱いシャワーを浴びて、歯を磨いて、
たいして食べたくないけど朝ごはんを食べて・・・
とあれこれやっているうちに気分は気分は変化していき、
いつのまにか朝起きたくなかった気持ちなんて忘れてしまって
いる。


しかし、もしも起き上がらずに寝ていたいという気持ちを優先
して寝ていたらどうだろうか。


起きてやらなければならなかったことをやらなかったばっかりに
困った事態になったり、出来ない自分に自己嫌悪したりという
マイナスの循環(スパイラル)に陥ってしまうだろう。


もちろん、ことはそう単純ではないし、これに当てはまらない
場合が数多く存在することもあるだろう。

ただ、こういう考え方もあるということを伝えておきたかった
のである。(少なくとも自分はこの考え方に触れて良かったと
実感している)


今日のテーマは、
「気分に左右されないことの大切さ」


※目から鱗が落ちる・・・あることをきっかけとして急にものごとの
 真相や本質がわかるようになる(広辞苑)


※違うケースでは、「気持ちを優先することの大切さ」もある。
 うーん、世の中はややこしい。
 だから、オモシロイ。


PS 2006年10月20日。ついに我が家にbabyが誕生しました。
  みなさん、ありがとうございます!

ニュースの中で興味深い内容なので、転載します。


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場の空気が読める男


(ゲンダイネット - 10月19日 10:00)


 全世代を通して“場の空気が読めない”日本人が増えている。
職場の雑談やパーティーなどでその場の雰囲気が分からないの
に首を突っ込み、雰囲気を乱したり、煙たがられる人々だ。一対
一で話していても相手の真意をくみ取れず、得意先などを困らせる。
昔風に言えば、ボンクラか。「ぼんやりしてる」「まぬけ」などの意味もあ
るが、その場の空気を読めない点では同じである。もちろん、話し相手
の微妙なニュアンスも理解できない。


コミュニケーション作法に詳しい神戸女学院大学の内田樹教授は言う。
「空気が読めない人は“コミュニケーション感度”が悪いんです。会話に
おいて言葉が伝える情報は全体の10%程度で、あとの90%の情報は
非言語的なものを介して伝わります。表情や姿勢や音調が、言葉をどう
解釈すべきかを教えてくれる。でも、その非言語的なシグナルを読めない人が増えています」


 そのためか、上司と部下、夫婦、親子間でさまざまなトラブルが起きている。


「そんなつもりで言ったんじゃ……」というフレーズはコミュニケーション不調の
典型的な兆候だ。逆に相手の心中を察する力があれば、上司のやりたいこと
がパッと分かり、仕事の効率は数段アップする。以心伝心なら、夫婦関係も円満だ。

 どうすれば、その場の空気を読む力をアップさせることができるのか? 


内田教授が勧める効果的な方法は次の3つだ。


●自然をジッと見つめる


 海、雲、動物などの動きをジッと見つめて観察する。


「たとえば、流れる雲を見つめる。雲のかたちが変化して見えるのは、
“もうそこにはないもの”の残像が見え、“まだそこにはないもの”が予見
されるからです。そうでなければ、『雲のかたちが変化した』ということに
気づくはずがない。雲の動きにある種の階調を感知することができるのは、
実は私たちが過去と未来を行き来しているからです。会話でも同じこと。
“もう聞こえない言葉”がまだ残響し、“まだ聞こえない言葉”が先取りさ
れているからこそ私たちは言葉の意味がわかる。適切なコミュニケーション
のためにまず学ぶべきものがあるとすれば、それは自由に時間の中を行き来する能力です」


●集団で動く


 幼児期に集団で遊ぶ訓練をした子供は大人になってもコミュニケーションがうまい。


「大人だって集団で動きが合い、呼吸が合えば身体レベルである種の一体感を
得ることができます。武道の型稽古やダンスなども同じです。他者の身体と細胞
レベルでの流れの一致感が経験されたら、もう言葉なんか要りません」


●育児を体験する


「赤ちゃんは言葉をまだ知りません。だから大人は赤ちゃんの発する意味不明の
ノイズを意味のあるシグナルに変換して、“赤ちゃんが言いたいこと”を聴き取らな
ければならない。わずかな表情の変化や息づかいや、こちらからかける言葉への
反応をたよりにして、コミュニケーションを立ち上げなければならない。これほどす
ぐれたコミュニケーション能力の開発訓練はありません」


 40、50代のオジサンにはこれから子育ては無理。孫の面倒を積極的に見たり、
親戚の幼児と一緒に遊んだりするのがいいかもしれない。コミュニケーション感度
をアップできれば、場の空気も読めるようになる。今日から訓練してみては。

【2006年10月16日掲載】

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会話における言葉の情報は10%程度で、
90%は非言語的なものを介して伝わる、
というのは面白いと思いませんか?


集団で動きを合わせることの大切さが書かれています。
みんなと動きを合わせる練習としてダンスは効果的。


また、私は常々、引越し作業などで大きな机を2人、
もしくは4人程度で運ぶ練習を積み重ねることで、相手との
間の取り方、呼吸の合わせ方(こちらが相手に合わせたり
相手に合わせてもらったり)を学ぶことができると思っています。


相手に合わせてね!という気持ちをどうやって伝えるか。
目線や息遣いなどノンヴァーヴァル(非言語的)な
情報で伝えることが練習により可能になると思います。


コミュニケーションは、練習でかなりの部分を補えると思うのですが、
いかがでしょうか?

教育とは何か。


辞書によると、
他人に対して、意図的な働きかけを行うことによって、
その人間を望ましい方向へ変化させること。
広義には、人間形成に作用するすべての精神的影響を
いう。その活動が行われる場により、家庭教育・学校教育・
社会教育に大別される。
「子供を―する」「義務―」「―のある人」


それでは、

教育を英語に訳すとエデュケーション(education)。


educationの語源は、
ラテン語のducere。つまり、 「導き出す、引き出す」なのです。

もともと教育とは知識を押し付けるのではなく才能を引き出すこと
だったのです。


教育とは知識をたくさん教え込むことだけではありません。

個人個人にある個性を伸ばすのが教育。
子どもたちが内包する才能をいかに引き出せるか、そこに
心を砕くのが教育ではないか。


先日のブログ(10月18日)にも書きましたが、子どもだけでなく
大人にも様々な教育が必要ではないでしょうか。
それは義務であり、権利でもあります。
http://onlyonecrew.ameblo.jp/


生涯学習社会を推し進め、地域の生涯学習(教育)センターの
講座内容をより充実させていく必要があると感じます。


参考URL
http://www.h6.dion.ne.jp/~gakuhoku/shougai.htm


どんなものがあったらいいと思うかを書きたいのですが、
長くなってしまいそうなので、ひとつだけ例を挙げて、
他は、別の機会に譲ろうと思います。


そのひとつが、アサーティブ・トレーニングです。


 アサーティブって何?という方はこちら
 http://www.assertive.org/01/01_nani.html


 アサーティブな生き方を実践している方々の日記はこちら
 みんなのアサーティブ日記 http://ajdiary.exblog.jp/


アサーティブは、自分の気持ちをうまく相手に伝えられなかったり
つい感情をむき出しにして怒ってしまったりする人にオススメの
対人コミュニケーションの体験型レッスンです。


私も受講した経験がありますが、効果があります。

オンリーワンクルーでも2年位前にアサーティブトレーナー
鈴木ちあき氏を招いて講座を開いたことがありました。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~cheer/index.html


教育や学びは子どもたちだけのものではありません。

そういう意味では、何歳になっても教育を受けることが出来て、
「才能を引き出してもらえる」機会がある生活って素敵だと思いませんか?


昨日と違う新しい自分を発見できたりして。


そんな場が各地域(コミュニティ)にあったら充実した生活が始まると思います。
そういうことから生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)が向上するのだと
思います。


才能を引き出すにはちょっとしたコツも必要。

そこのあたりも、別の機会に書いてみようと思います。

今日の児童虐待の記事を読みましたか?(以下)


<児童虐待>夫の連れ子に傷害 容疑の36歳逮捕 和歌山

 小学3年の二女(9)を虐待したとして、和歌山県警和歌山北
署は17日、和歌山市北島、新聞販売店手伝い、竹村典子容
疑者(36)を傷害容疑で逮捕した。二女ら3姉妹は、02年10
月に結婚した夫(31)の連れ子で、「ほこりを食べさせられた」
「たばこの火を押し当てられた」と話しており、虐待を繰り返して
いたとみて追及している。
 調べでは、竹村容疑者は9月16日午後5時ごろ、二女に買
い物を頼んだ際、別の商品を買ってきたことに腹を立て、自宅
で二女の顔を平手で数回殴って転倒させ、額に約3週間のけ
がをさせた疑い。「安売りのシングルのトイレットペーパーを買う
ように言ったのにダブルを買ってきた」などと供述しているという。
 通っていた小学校の校長が傷を不審に思い、県子ども・障害
者相談センターに通報。同センターは同25日、二女と小学5年
の姉(11)、小学2年の妹(7)から事情を聴いて3人とも保護した。
 同署などによると、竹村容疑者は傘やスリッパ、ハイヒールの
かかとで殴ったり、たばこの火を体に押し付けたほか、掃除が
不十分と、ほこりを食べさせたこともあったという。【岸川弘明、
清水有香】
(毎日新聞) - 10月17日19時49分更新
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このように悲しい事件が相次いで起こっています。


いじめ自殺の原因が学校の教師だったなんて信じられません。

どういう世の中なのでしょうか。


いったいいつから日本はこんなふうになってしまったのでしょうか。
どうやら大人の側にも問題の根はありそうに思えて仕方ありません。


子どもを育てる「子育て」だけでなく、
大人(親)を育てる「親育て」施策も必要な時代なのかも知れません。


母性は最初から女性に備わっているのではなく、ある程度
育てるものだと聞いたことがあります。


それと同じように親としての自覚も誰かの力を借りて、育てる
必要があるのかもしれません。


参考URL 児童虐待対応の手引き http://www.pref.shizuoka.jp/kenhuku/kf-03/kateifukushi/manual/index1.htm